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改札口の向こう側  作者: maruisu
第一章
3/42

通過駅

 翌日の帰り、いつもの電車に乗った。今日は智も機嫌がよく、通園バッグにグウちゃんをつけている。

 発車までの数分を席に座っていると、明るい高校生の声が聞こえてきた。


「あ、おにいちゃんだ!」

 智が大きな声を上げる。その声に、顔を上げて扉の方を見ると、昨日の彼が車内に入ってきた。


 ――あ、と声をかけようとしてそれを引っ込めた。


 彼の後ろから女の子が一緒に入ってきたからだ。……もしかして、彼女? と思ったら、声をかけられない。


「智、今日はお兄ちゃん女の子と一緒だから、やめな」

 せっかく二人でいるところを智が行ったら、ただの迷惑だ。さんざん迷惑かけているのに、これ以上は申し訳ない。

 だけど、智はどうしてかわからないようでキョトンと私の顔を見てから、彼の方を見た。手を振ろうとしているので、慌ててそれをやめさせる。

 どうか、こちらに気がつきませんように。


 二人は私たちには気がつかずに、反対側のドアに女の子が靠れ、彼は手すりを持って後ろを向いていた。

 発車を知らせるメロディーが流れてから、電車はぷしゅーっという音を立てて扉が閉まり、動き始めた。


 ごとん、ごとん、ごとんという電車が走る規則正しい音が心地いい。


「――でさ、今日マキたちカラオケ行くっつってんだけど、シンペイたちも来るから、行こうよ」

 女の子の声が聞こえてきた。


 あー、カラオケかー。

 最近行ってないなー……なんて、人の会話拾うのいけないな。聞かない、聞かない――っと。


 とりあえず、聞かないように寝たふりをした。今日は棚替えの手伝いしたからほんっとに体力的にきつかったんだよね。智は外を見てるだろうし、ちょっとだけ――。


「おにいちゃん、グウちゃんありがとー」


 智の声が少し遠くでする。……やだ、私寝ぼけてるのかな……っと思ってばっと目を開けた。横を見ると、智の姿がなかった。


 !!


 横を見ると、手すりの側にいる彼のシャツをつんつん引っ張っている智が見えた。何やってるのよ! と焦って、慌てて立ち上がった。


「え? 何、子ども? やだ! 可愛い~!」

 彼女が智を見て一オクターブ高い声を出す。

「えー? 栄一の知り合い?」

 明るい声を上げながら、一緒にいた女の子は彼の顔と智の顔を交互に見る。


「おま!」

 え――って続く言葉を飲み込みながら彼が驚いた声を出して、智を見た。

「かーちゃんと一緒か?」

 彼が慌てて辺りを見回している。私は慌ててそちらへ行くと、智の手を繋いだ。


「ごめんなさい、うちの子が……」


「グウちゃん、つけたの。ほら!」

 智がくるんと背中を彼の方に向ける。背負っていたリュックを彼に見せる。そのファスナー部分についているグウちゃんを見せるためだ。

 彼にグウちゃんを見せて、嬉しそうににかっと笑顔を作る。智の嬉しい時の顔だ。

 つくづく思うんだけど、グウちゃん真っ赤な顔で黒目勝ちの天狗で白い髪を流して、柏の葉っぱを持ってるんだけど……ひねりが足りないんだよね。

 ゆるキャラだからいいのか?? ってくらい、天狗まんま……。智の絵並みにシュールでござるの巻。


「あ! それ!!」

 女の子の声が少し大きくなって、グウちゃんを指さした。

「やーだー、ミナと、この前登った高尾山のお土産じゃん!」

 笑いながら言う。


「お前か!?」

 彼が小さくツッコんだ。顎を押さえて、真っ赤になっている。どうやら、昨日のことを思い出したらしい。


「栄一、絶対受け取らないだろうと思って付けといたんだよ。かわいっしょ~?」

 彼女はそういうと彼の顔を見ながら、彼の腕にさりげなく自分の腕をからめる。

 おおー、女子! 女子スキル高い!! なんて変なところを感心してしまった。


 私が絡まった腕を見たのが分かったのか、彼の方が腕を少し引いた。それを、彼女はぎゅっと掴む。もう逃がしません! って感じだ。


「っと、うちの子がもらっちゃっていいのかな」

 彼女からのお土産じゃ、もらったらまずいかも――。っていうよりも、女子高生、何で高尾山に登る? しかも土産? 地元じゃないのか!?

 彼はあー、と言いながら軽く手を横に振った。ちょいちょい、といった感じで、気にしないでという意味なんだろうか。


 智がむうっと「ぼくの」と恨みがましい顔をしてこちらを見る。取りませんよー、もう。


 彼が智の目の高さにしゃがみ込む。

「あー、それ、お前にやったやつだから持ってていいよ」

 智にそれだけ言うと、立ち上がった。右手をポケットに入れて、手すりによりかかり左手を首の後ろに当てていた。


「つか、グウちゃんはねえだろ?」

 彼女にそういうと、彼は笑っていた。

 当り前だけど、高校生のカップルって感じだった。 


「ありがとー、おにいちゃん!」

 智はにこにこと笑いながら彼に言う。彼は小さく頷くと、智に手を振って、私に小さく頭を下げた。

 うーん。気を使わせてしまった。


 それにしても、彼女からのプレゼントだったとは……。


 カバンの中に仕舞ったお礼を渡す機会を失って、持っていたプレゼントをぎゅっと握った。


 電車は一駅過ぎて、到着駅に着く。私が智の靴を履かせて降りようとすると、目の前を彼らが降りて行った。腕を振り払おうとする彼に、じゃれつく彼女。楽しそうな彼女の顔は、一生懸命彼が好きだって言っていた。

 いつも人の間を縫っていくように、素早く歩いていく彼が、今日は彼女の歩調に合わせて歩いている。


 それはとても幸せな光景に見えた。


「おにいちゃん、ばいばーい!」

 手を繋いでいた智がいきなり、反対の左手を振る。彼女がふっと振り返り、智を見ると、笑顔になって彼に何かを告げ、智を小さく指差した。

 彼はその言葉に振り返る。智を見ると、小さく手を振ってくれた。そして、隣に立っている私に小さく頭を下げた。


 



 次の日も電車に乗ると彼がいた。

 偶然――と思ったけれど、もしかして前から同じ車両に乗ってたのかな。気がついてなかっただけで。


「あ、おにいちゃん!」

 彼の姿を見つけた智が、声をかけた。私は慌てて智の腕を引っ張ったけど、時すでに遅しで、彼は気がついて、智に「おう」と短く片手を上げていった。


「なに? 知り合い?」

 一緒にいた彼は、今時ないでしょってくらい黒く日に焼けて、髪の毛は金髪だった。長袖のシャツを腰履きにしたシャツの中にだぼっと余裕をもたせて入れている。なんか、いかにもって遊んでるって感じの高校生だな。


「あー、なんか……」

 彼が言葉を濁した。白シャツの上に紺色のベストを着ていた彼が首の後ろを掻く。そのクセがちょっと微笑ましい。

すると、友達はこちらに興味を無くしたみたいでこちらに背を向けて二人で立ったから、一安心した。


智はちょっとつまらなそうに彼のことを見ていた。どうやら、気になるようだ。

「智、人のことじろじろ見ちゃだめだよ」

 めっと顔をしかめて見せると、智は小さくなって項垂れた。外を見ていい? と聞いてきたので、笑顔でうんと頷いた。


「今日は、園で何したの?」

 智の気分を変えるために、外を見ている智に話しかける。

「あのねー、あめふりのえをかいたの」

「あめふり?」

「うん。おりがみでかたつむりさんつくってー、おはなかいたの」

「へえ。今度見せてね」

「うん。おもちかえりしたらみせてあげる」

 智がこっちを向いて、鼻の穴を膨らませている。力作だったんだろう。一生懸命お話をする智がかわいい。

「わあ、楽しみだな」

 弾んだ声で言うと、智がにこにこと笑う。私もつられて笑顔になる。智のこの笑顔を見れば疲れなんかふっとんでしまう。智が私の元気の源だった。

 二人でにこにことほほ笑み合っていると、ふと視線を感じて振り返った。


 その時、彼がこちらを見て小さく微笑んでいた。私がそちらに顔を向けたのが分かって、彼はゆっくりとお友達の方へ視線を戻した。


 まさか、こっちを見てた?


 電車の中で、うるさかったかな? 怒られるかも……と恐る恐るあたりを見回すと、携帯に夢中になっている人がほとんどだった。どうやらそれを手放してまで怒りたいほどうるさかったわけではなさそうで少しだけ安心した。

 

 彼が小さく笑ったその顔が、妙にキラキラ眩しかった。

 私には、もうないその時間。高校生の時の自分を思い出した。あの頃は、光博のこと好きだったから、学校帰りに制服でデートした。大学生の光博に置いて行かれないように必死だった。少し背伸びをしていた高校生の私。

 それが今じゃ3才の子を抱える子持ち。毎日バイトと碌に出来ない子育てに追い立てられてる。自分で選んだ道だから不服はないけど……やっぱり切ない。


 ああそうか。高校生って、自分のきらきら光る思い出を重ねるから、眩しく見えるんだ。


 彼らは、今、あのキラキラした忘れられない瞬間を過ごしているんだろうな。

 だから、うらやましいんだ。


 そう思ったら、少しだけ胸が痛かった。

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