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改札口の向こう側  作者: maruisu
第一章
12/42

約束

「また待ってた」

 ため息交じりに言うと、栄一君が笑って見せた。

「試験期間中は、来ないんじゃなかったの?」

 むっと頬を膨らませて怒って見せると、栄一君は小走りにこっちに近づいてきた。

「試験勉強、してたの。ちゃんと」

 って顎で予備校のある方を指示した。


「ほんとに?」

「絶対。ほんと」

 頷きながら真顔で栄一君が言う。その顔をじっと見てたら、栄一君が吹き出した。


「信用ねえなー」

 苦笑している。


 私のコンビニバイトの上りの時間に栄一君は毎日来てくれる。夜道を一人は危ないからって。今は試験中だから、無理してこなくていいって言ってるのに、毎晩来る。

 そんなことされたら、素直に嬉しい――けど、栄一君だってやらなきゃいけないことがあるんだから、それをおろそかにはしてほしくないなあ、って思う。


「俺はね、瑞希さんに会えるって思っただけで、勉強頑張れるの」

 なんてかわいいことを言って、私の手を繋ぐ。

 ずるい。

 高校生の男の子って、何てまっすぐなんだろう。まるで本能みたいに、好きなものを好きって言う。ずるい。

 そんなの私がもうとっくに忘れてたこと。

 いとも簡単に対岸から飛び越えてきて、一緒に歩こうとする。


 その先に何があるかも分からないくせに。

 ずるい。

 

 そんなに好きってされたら、こっちだって好きになっちゃう。当たり前に。


 夏の夜道を二人で歩いて星を見上げたりして、智がいないこの時を楽しみにしちゃったりして。


「瑞希さん、土日休みでしょ? 試験終ったら、智と一緒にどっかいかない?」

「どこか?」

「そう。智どこが好き? 無難に動物園とか、プールとか?」

 そろそろ梅雨も明ける。夏休みになってプールとか行ったら、智すごく喜びそう。大きな浮き輪を持って、ビーチボール持って、はしゃいでいる智の姿が目に浮かんだ。

「でも、栄一君土日とかは、お友達と遊ぶんじゃないの?」

 心配そうに言うと、少し前を歩いていた栄一君が振り返る。


「お友達とは、平日に遊んでんの」

「カラオケとか?」

「そ、カラオケとか。ボーリングの時もあるよ。あとはプリクラ付き合ってやったりとか。休みの日に行くと混むから、夏休みは土日は遊びには行かないな」

「高校生だね~! 青春だね!」

 カラッと明るく言って振り返る。栄一君もつられて笑っていた。


「あと、祭りとか?」

 いたずらっ子のように笑いながら、横目で私の方を見る。


「お祭り! 行きたい!」

 栄一君の声が少しはしゃいでいたから、私もつられてしまう。

 お祭りか、あんまり人が多いから、小さい智を連れて行けなくて今まで行ってなかったな。近所の町内会のお祭りぐらい。ここら辺でお祭りと言えば、夏にやる八王子祭りが一番大きい。神輿が出たり、花火をやったり、いろんな出店が出て、一日中騒いでいる。智ができる前は、友達とよく行っていた。お祭りってだけでバカみたいにみんなはしゃいでいた。


「あ、でもコンビニ休めるかな?」

 去年は土日も祭りの日はヘルプ入ったのを思い出した。だけど、この間新しいバイトの子が入って、ちょっと人数に余裕が出来たんだよね。もしかしたら、休めるかも。智もお祭り見たがるだろうし。二人だけで行くのはちょっと怖かったけど、栄一君と一緒なら智も喜ぶだろう。その姿が目に浮かぶ。


「夏は一緒に、過ごそうな」

 そう言って私の顔を見る。私はそれに答えるように頷いた。

「っても、私は普段は仕事があるから、あんまり会えないかな」

 仕事には夏休みなんてないし、私の日常は変わらない。ああ、そう言うところでも高校生の夏休みとはテンションがまるきり違うんだろうな。


 すると、栄一君がちょっと寂しそうな顔をしてみせた。


「どうしたの?」

 今まで喜んでいたのにと思い、顔を覗き込む。


「あー! なんか、俺、ダメだ! ほんとダメだ!」

 栄一君がいきなり前髪をくしゃくしゃっとかきむしって、少し大きな声でそう言った。突然のことでびっくりして栄一君を見ると、あー、と言いながら固く目をつぶって髪の毛をくしゃっと握っていた。


「は? 何が?」

 栄一君が言っていることがわからなくて、尋ね返した。


 栄一君の顔が歪んだ。急にしぼんだ風船のように、悲しい顔になる。

「あー、なんか俺、すっげーガキみたいだよな。今日、言われたんだ。同じクラスのやつに。

 年上のシングルマザーの人が、俺みたいな子どもと真面目に付き合うはずないって。からかわれてるって」

 栄一君がまっすぐ顔を上げる。視線がぶつかる。答えを聞きたくて仕方ない顔をして栄一君が言う。


「からかってなんか――」

 訂正しようとして、思わず言葉を止めた。

 からかってはいないけど、付き合ってるわけじゃない。

 栄一君の厚意に甘えて、付き合ってるみたいに、我が物顔で栄一君の時間を拘束している。


「そんなことないって、めいっぱい虚勢張ってみたんだけど、やっぱりなんか、あいつらの言葉気にしてる自分がいて、すっげ―いやだ」

 顔を逸らした栄一君の耳が真っ赤だった。

「瑞希さん忙しいの、智のために一生懸命働いてるの知ってるのに、一緒にいてほしいとか、自分のことばっかり考えてる俺が、すげー情けない。って、自己嫌悪……」

 真っ赤になりながら、口をとがらせていた。

 栄一君がそんなこと考えているなんて思いもしなかった。思いもしなかったけど、ちょっぴり、いやかなりそんなこと思われてるのは嬉しいわけで。


「……あのさ、それ、私、何て返せばいいのかな?」

 顔が熱い。栄一君といると、いちいち顔が熱くなることばかりだ。

 

「えっと……」

 二人で顔を見合わせて、お互い真っ赤になっている顔を見て、同時にお互いの顔を指さした。


「真っ赤ー」

 二人でふざけて言う言葉も同時で、やっぱり吹き出した。


「私はさー、確かにシングルマザーで、智のことが一番大事だけどさ。でも誰かとこうして一緒にいられるって、今までないことだったから嬉しいよ。素直に、嬉しい」

 さっきよりちょっぴり二人の肩の位置が近づいて、手を繋いでまた歩いた。誰かと手を繋いでいるって、緊張する。好きな人だったらなおさらだ。お互いの重なる手が熱を持ってそれだけで、すごいエネルギーを放出しているってわかるぐらい熱い。

 二人の手が、さっきより汗ばんでいる。

 見上げる栄一君の横顔が、ライトに照らされてすごく逞しく見える。


 高校生の男の子。まっすぐに気持ちをぶつけて、一生懸命私と一緒にいようとしてくれる。その不器用な一途さが、ものすごく嬉しい。

「あー、もう忘れて。恥ずかしいから、何言ってんだろ。ほんと。試験でナーバスになってるってことにしておいて」

 打ち消すように栄一君が言う。その拗ねた様子も、なんだかすごく、かわいらしかった。


「えー忘れるの? ちょっともったいないかなー」

 にひっと微笑みながら栄一君の顔を覗き込みながら言うと、栄一君が手を繋いでいる反対側の手で、口元を覆った。


「それ、反則っす……」

 また真っ赤になった栄一君が、すごく可愛かった。かわいいなんて言ったら怒られちゃうかな。なんてぼんやり考えていた。


 それから二人、夏のお祭りの思い出話をしたり、智の保育園での出来事を離したり、栄一君の妹の幼稚園の行事話を聞いたりしていた。栄一君がお母さんがどうしても行かれない時に幼稚園の行事に出席した話とか聞いて、お互い笑った。さっきの話を思い出すと、胸の奥がきゅっと閉まるような感覚があって、甘酸っぱい気持ちになる。それをごまかすように二人、はしゃいでいた。


 夏がもうすぐ来る。

 私たちはその暑さに浮かされて、ちょっぴり気持ちが高ぶっていたのかもしれない。夏がきたら、何かもっと楽しいことがあるような気がして、夏が来るのが待ち遠しかった。

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