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爺や、結婚してくださいね!  作者: 小鳥
10歳の王女さま【お好みに育ててね、爺や編】
9/10

爺や、過ぎたる玩具は未知の味ですね(?)







 いや、『魅了』(永続)的な魔法があったら死ぬ気で勉強するんですけどね。















 …。



(10歳児に「魅了」されるダンカンさんか…いいな。)


 ─なにがだ。







 この世界では、魔法を使うことを、『行使する』、という呼び方をする事が多い。


 『使うこと』と、『行使する』ことも、言葉の意味合い的には同じことなのだが、その行使する側の魔導師たちからすれば、その言葉の使い分けの意味に、

『己の中の未知の力である、魔力を使役し、完璧に使いこなすことが一流の魔導師の必須条件である』というのがあるということだ。


 達人級の戦士が、得物を己の手足のように使うように、魔導師たちにとって魔法とは前者で言う所の“剣”。


 最も重要な得手を持たない戦士が、戦闘において何の役にも立たないように、自分の魔力の威力も量も把握できない魔導師はなど、恥以外の何者でもない。


 魔力の暴走など、言わずもがなである。






「…厳しいなあ、おい。」


 要約したが、以上が、さあでは明日から魔法の修練を始めようと決心した辰巳が読んだ、初級魔法の参考書の最初のページに書かれていた内容だった。


 辰巳は、早朝の清々しい空気を肺一杯に吸い込みながら、ああ、“昔”は私、完全な夜型だったのになあ、とため息をついた。





 生前名、有里ありさと 辰巳たつみ、享年24歳。


 現在名、クリサフィル・アゲルスカイド・ハイデルフ、10歳と8ヶ月。



 元居酒屋勤務の現ハイデルフ共和国第一王女。

 現在私は、まかない担当だった経験を生かし、包丁の替わりに銀の剣を両手に構えている。











 そして奥さん知ってます?

 これね、片手剣用なんですって。

 

 ……ハンパない重さである。





「ダンカンさ…ダンカン!私は箸より重いものを持ったことが無い!」


「ははは、存じておりますぞ~!では、始めましょう。

 姫様には、大刀(両手剣)ではなく、片手剣を憶えていただきます!」



 あらやだ、意外とスパルタ!

 開始数分足らずですでに腕ぷるぷるというお話なんですけども!


 …けれどそんな貴方にときめきます。



 



 一変の負の感情も無く、カラカラと白い歯を見せて笑うダンカンに、クリスは心なしか自分の頬が引きつるのを感じた。怖えええ。






 あの夜の訪問でのフィルからの(クリスにとっては)衝撃的情報から3日。クリスはダンカンと共に、予ねてよりやるやると言っていた、剣術と魔法の実技学習にようやく入っていた。


 魔法の実技自体は、身体の出来上がる10歳頃を目安に開始されるが、それでも簡単な火種程度の魔法なら、それよりも幼い子も覚えられる。

 心身に避けようの無い直接的な影響を与えない剣術の類になれば、もっと早い。



 10歳の時期をもう半分も過ぎているクリスは、同年代の子たちから見れば、些かおそいスタートであるといえた。




 フィルは結局その日一泊して帰った。彼と朝食を共にして、帰りを見送ると、急いで侍女にダンカンを呼び寄せるように言いつけた。



 早朝から呼び出されたダンカンは、一体何事、という表情をしていたが、クリスが自分はこれから魔法の鍛錬を本格的行ないたいと懇願されると、ぎょっとしたように目を見開いた。次いで、しかめる。


 そしてしばらく渋ったものの、しつこく強請る王女に反論などできるわけも無く、それではさっそく明日にでも、という次第になったわけである。




 そうして許可を取り付けたその足で、城の武器庫に出向き、適当に初心者用の杖やら皮の鎧やらを見繕い、鍛錬場の人払いをして貰った。



(…いやまあ、顔にはありありと「やらせたくない」って書かれてあったけどね。)

 ダンカンの、自分に対する魔法への隔離っぷりに、ちょっとびっくりはしたが、クリスはそれどころではなかった。



(15の成人の儀式的なその日にまでに、なんとしてでも剣士主流兼、魔導師もちょっと出来ます的なものにならねばならん…!)

 クリスの心はこれの一色だった。



 とりあえず、いつまでも魔法にびくびく怖がっている場合じゃない。

 前世の常識?知らんわ今に生きろや、私!


 ほんのちょろっとでもいい。

 とりあえず『魔導師カテゴリー』に入れる程度の実力つけないと、来たるべき女の脂の乗り始める時期で、どきっ!ダンカンさん王女を子供からレディに意識転化!作戦(?)が遂行出来なくなってしまうではないか。


 自分が魔法に拒絶反応を起こしていたことを、ダンカンさんは分かっている。

 そんなこちらを気遣って、出来るだけ魔法から遠ざけようとしてくれていることも、私は分かっている。

 だってなんか魔法の話題が絡む度に、こっちのほうをとてつもなく痛ましいような目で見つめてくるから。(そんなに目に余る拒絶表情してましたっけ私…)



 だからダンカンさんの好意に甘えて、好きな人に心配されて、申し訳なく思う前に普通に嬉しかった。

 でもかわいい女の子扱いされていられる、このあと数年よりも、15過ぎて向こう10年アダルティ扱いされる対象に昇華するって事の方がはるかにこっちとしては重要なのだ。



「打ち込み始め!姫さま、まずはどんな形でも結構です!

 儂に攻撃をっ!」


「…はいっ、ゆくぞ!!」







 クリスは、本気でダンカンと結婚する気でいる。



 恋する女の執念は偉大である。















 ──いいですな。無理はしないこと、嫌だと思ったら、決して隠さず話すこと。





「…『魔法呪文:初級編』、オーソドックスに『火炎系』から攻めて行くか?」


「ふーん…儂は専門外ですからなあ。ん、こっちはどうです?『雷鳴系』。

 ほう威嚇音から、感電まで、弱い効果のものが揃ってますな。」


「そう、だな。私も、炎系は少し怖い。…火事になったら嫌だし。」



 あの日の焚き火からの大惨事が脳裏を過ぎる。─トラウマである。






 昼休憩を取って、軽くボコボコにされた身体を(まじで容赦なかったこの人)地べたに座らせて、クリスとダンカンは額をつき合わせながら分厚い参考書を覗き込んでいた。

 いつもは騎士や城で囲っている傭兵達で騒がしい鍛錬場だが、今は人払いしてあるので、とても静かだ。



 これから、魔法の実技である。今日は一日、鍛錬に費やす予定だ。

 そして本命は、こっちだ。



 剣術指南の話自体は、ダンカンがクリスの傍仕えになった時からあったので、スムーズな滑り出しだったが、魔法の段階になっても、最初こそ渋っては見せていたものの、ちゃんと協力してくれる。


(やると決まったら、それこそ全力でサポートしなきゃ、あぶないもんね。)


 テキパキと、参考書、ローブに杖、先程の剣の打ち合いで擦りむいた箇所の塗り薬。仕事が出来る男は素敵である。ダンカンさんというだけでも十分素敵だけれど。



 ちなみに、王宮魔導師は同伴していない。同伴するべきだと訴えられたが、王女的子供の特権の我侭で、それを断固拒否してやった。

 クリスとしては、とりあえず名ばかりの魔導師クラスと認定されれば、それでいいのだ。


 王宮魔導師なんかに教わったら、それこそ本格的な授業を受けさせられてしまう。









 硬く約束させられてから、漸くクリスは魔法の鍛錬を始めることを許可してもらった。


 “許可された”といっても、先程述べたように彼が従士する対象であるクリスが、絶対にやるのだと宣言すれば問答無用でダンカンは従うしかない。


 けれど、この二人の間では、暗黙の上下関係でのルールがあるというか、複雑だった。



 クリスはいかなる場面においても、王族という立場でありながら、傍らのダンカンを立てることが多い。

 ダンカンに、こうですぞ、と諭されてしまうと、「うんわかった」と、さらっと納得してしまうのだ。

 そしてこの状態が良いのか悪いのかといえば、悪いのだろう。



 ダンカンに、悪気も下心も、もちろん無い。どれもこれも、クリスが望んだこと、クリスが結果的に喜ぶんじゃないだろうか、という思いから来ていることばかりだった。


 しかし端から見れば、稀代の英雄の一人であるダンカンが、このハイデルフ共和国の時期女王に隠すことなく贔屓されているようにしか映っていなかったりする。



 ダンカンは、はっきりいって、したたかでも、賢い方でもない。

 直情的に、これが最善だ、と思ってしまうと、それをそのまま言葉に出し、尚且つ行動に移してしまう。


 そして、そんな彼を好いているクリスは、それを許してしまう。




 英雄という立場であるダンカンでなければ、いろいろ面倒な事態になっていただろう。

 が、(いや実際口さがない連中は、将来有望な王女を手懐けてなどと陰口を叩く者もいるにはいたけれど)それを直接どうこうと、進言する者はいない。


 …眉を顰める人間は、少なくないだろうが。



 所謂脳筋であるダンカンはどうかは定かではないが、一応前世では社会人であったクリスは、その現状に気づいてはいたが、直そうという気はさらさらなかった。


 贔屓したように見たからといって何だというのか。…いや王女として駄目なんだろうけども。



 ぶっちゃけ、贔屓はしている。

 だって大事で、大好きな人だし、良いじゃない。私王女だし。



 というのが、クリスの本音である。


 元一般庶民の辰巳であったクリスからすれば、特に細かく考えることも疑うことも無く、圧倒的英雄渋面ダンディオーラを持つダンカンの指示に従ったほうが正解だと思っているだけなのだし。


 ふりはできる、偉そうなふりは。例えば口調とか。

 相手の意見を吟味しつつ、自分の欲求を通すことも、まあ出来なくは、ない。でも完全には、無理だ。



 ていうか、そもそも自分の想い人に対して、ごりごり偉そうに振る舞える人っていないんじゃないだろうか。

 問題になったら、その時に考えよう。








 鍛錬場の中央から外れ、外壁に近いところまで行くと、途中から城下の森に繋がっている。


 この森は、魔物こそいないが、治癒師が好む薬草が生い茂るだけあって、かなり薄暗くて冷え冷えとしてる。

 こんなところで何を探すかといえば、



「お。姫さま、あれはどうですか?丁度いい的になりそうですぞ。」


「あ、いいな。大きいし、岩なら壊しても誰も困らないしな。」



 目当ての「標的」を見つけると、さっそくとばかりにクリスはその場で足をしっかり踏みしめた。手に持っていた本を、見開きのページのままそっと地面に置く。


 『初級呪文:サンダー』


 これから唱えようとしている魔法だ。この世界に生を受けて、初めての未知の力だ。



(こわい。でも、なんだかわくわくする。)


 ちら、と横を見る。ダンカンさんが、大丈夫、という目をしてこちらに微笑を向けてくれた。うん、大丈夫、いける。



 すう、と息を吸い込んだ。正面の岩を見据えながら、足は肩幅、少しだけ斜めに構えながら、右手の人差し指を水平に構える。


 呪文を唱える前から、身体が、肌が、“魔力を行使する”感覚にびりびりと粟立つ。

 既に脳が『サンダー』を唱えることを認識しているらしく、構えた指先に、放出する為のエネルギーが集まるのを感じる。





「<<サンダー>>!」




 びっ、という効果音を伴った激しい閃光に、思わず目を瞑る。

 クリスの掛け声とともに、指先から迸る雷の矢は、目にも留まらぬ速さで眼前を駆け抜けると、




 なんの抵抗も無く、目の前の岩盤を貫いた。





 貫いた。






「…。」


「…。」



 しん、と二人の無言に比例するかのように、なんだか周りの空気まで静まりかえった。




 ─いや、え?あれ…?


 呆然と、目の前の現象を脳内でリピートする。




 いやいやいやいやいや。


 なんか違う。なんか違うんですけど。

 あれですよ。私が想像した『サンダー』ってあれですよ。


 ばりばりばりー!っていう、あれですよ。某電気鼠さんの専売特許的な絵面を想像していたんですけど。


 なにこの殺傷能力満点の感じ。俺やるぜー!って感じでなにか指先から出たんですが先生!先生!ダーリン何とか言って!




 沈黙に耐え切れずに、後方を振り返り、縋るような視線を向けた。


「…なあダンカン、この雷の魔法って、ちゃんと放てたら、

 目の前の物に当たって弾けるのだよな?」



 なんとも言えない気持ちで、目の前に鎮座する今さっき自分が打ち抜いた物体をみる。

 とても綺麗な円形のどてっ穴が開いていた。いやまじで何コレ超恐いんですけど。


 さっきまで未知なるものが恐かった的感じだったのに、今は完全なる畏怖の対象なんですけど。




 ダンカンさんもおんや~的な顔で頭をがりがり掻いている。


 ええ!?リアクション薄くないですか!?



「…おかしいですなあ、ここにも『対象に目掛けたのち、標的物に接触すると四方に拡散し、感電させる』とありますが…

 儂が聞く限り、姫さまの発音も正しかったと思いますが…」



 いまだその場で発射時のポーズを取ったまま固まっている私に、すいっと本を向けてくる。見れば、


「ん、あ、ホントだ『相手の四肢を怯ませ、感電させる攻撃法』…

 変だな…間違って違うのを出してしまったのだろうか(勘弁してよ教科書てめえ)。」


「先程のことを考えると、そうかも知れませんなあ。

 まあいいのではないですか?結果的に魔法は使えた訳ですし。ちゃんと電撃でしたし。」


「え、いや…これって…もし間違って頭にで当たったら、相手死ぬんじゃないか…?(銃かなんかみたいだったんですけど)」


「そうですなあ、頭はまずいですな。」


「…。」




 腹でも、大惨事である。








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