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爺や、結婚してくださいね!  作者: 小鳥
10歳の王女さま【お好みに育ててね、爺や編】
4/10

姫さま、儂のシャツ知しませんか。

思っていたよりも長くなってしまったので、一旦此処まで。一応②までの予定ですので、仕事帰りにまた書こうと思いますので少々お待ちくださいませ。でもこの話でも一応区切りは出来てます。





「おかえりなさいませ、旦那さま、あの…男爵様よりまたリース家の縁談が…」

「ちぎって捨て置け!…まったく、あの傲慢ちきめが。」




 ふん、と腹立たしげに膝宛を応接間のソファーに放り投げると、ダンカンはそのまま水差しを手に取った。

 冗談じゃない。ガキの頃は腕力と体力しかとりえの無い極潰しと、散々こちらを罵っておいて、『英雄』だとかいうものになった途端に、自分の親類者を押し付けようとするとは。


(ヤツの面子がどうだと?儂の知ったことか。)


 注ぎもせずに直接ガブガブと咽を鳴らして水を飲めば、隣に控えていたメイドがなんとも言いたげな視線を寄越してきた。…行儀が悪かろうと、仕方ないではないか。自分の家でくらい好きに振舞わせてくれ。


「おっと、上着に…」

 水差しから溢れた水滴が上着に滴り、慌てて胸元のスカーフで拭う。幸い水だったので、特になんの問題もないだろうが、折角姫様が自分へとこしらえてくれた一張羅。自分に出来るだけ大切に着潰していきたいと考えている。






 今日は結局あの後、姫様に懇願されるまま稽古事どころか城からも抜け出して二人して転げまわってきた。

 自分の肩にしがみついたまま、けらけらと笑う姫様にこちらもいい気になってしまい、城下を外れた平原にまで足を伸ばしてしまった。そのレース一振りで数百万Gもするであろうドレスを鬱陶しそうに束ねて走り回る、この国きっての美少女をさながらグレゴリー(山に生息する魔物の一種)のように雄たけびを上げながら何時間もあきもせずに追いかけ回した。


(まったく子供の遊びに対する体力とは凄いものだ。)

 そうして日が暮れかけてきた頃、悪びれる様子も見せずに全身泥だらけで帰還した国の王女と英雄に、この日運悪く門番をしていた近衛兵は、目を泳がせながらなにも言及せずに二人を門に通したのであった。


 こってりとメイド長に絞られた後(反省はしていないが)、泊まっていけばいいのにと可愛らしく頬を膨らませる姫様の頭をぐしゃぐしゃに撫で、また明日来ますよと、いつも通りの別れ挨拶を済まし満ち足りた気持ちで屋敷に帰宅した。



 あの日出逢った天使と見まごう美しい少女が、自分の忠誠を捧げる国の王女であると気がついたのは、あろうことか散々その柔らかな頬に、自分の顎鬚を擦りつけた後だった。


 というのも、姫様は王と王妃が10年以上望みに望んでようやく出来た子供であり、両親の過保護に過保護を重ねるほぼ軟禁状態とも言える箱入り加減に、姫がお生まれになったときの家臣全員へのお披露目の式典以外、そのお顔を拝見する機会など皆無だったのだ。




「ふふふ、もう4年になるのか。お転婆なのも、甘えたなのもそのままご成長なさったなあ。」

 そういうところも、お可愛らしいのだが。


 甘えさせている人間の一端を担っている自分が言うのもなんだとも思うが、城内の人間は基本的に姫を溺愛し、われればどんなお願い事でも聞いてやっている有様になっている。


 そしてそれは当時から、自分と出会ってから毎日のように鍛錬場に詰め掛けるのを、家臣たちがそっと黙認するほどには甘かったが、それを輪に掛けて強くなったのは姫が先日迎えた10歳の誕生日の数週間前の事件に起因していることは明らかだった。











 クリサフィル様…クリス様が10歳の誕生日を迎える3週間前のことだった。




 ───今思えば、たとえ一瞬でも目を離すべきではなかったのだ。








「姫さま、すぐに行きますから、あまり遠くに行かんでくださいよ!」

「はあい!ダンカン、早くするのだぞ!」

「……ダンカンさん、実は王女にすごいこと言ってるの気づいてます…?」


 「まあな」と、ローダのもの言いたげな視線を軽く交わしながら、姫に手を振ってみせる。まさかの一国の王女と、そこらの近所のオッサンのように馴れ馴れしげに会話をする自分に、いささかぎょっとしたようだ。(まあそりゃそうか)



「…でも意外と上手くいってるんですね、ダンカンさん。その…正直王女様のお付なんて大英雄の戦士には、なんて失礼ですけど勝手に思ってたんで…」


「はは、うちの使用人にも言われたわ。けれども意外と上手く回るもんだ。…ふふ。なあになんだかんだで、儂も楽しんでるんだ。」


「あ、そうなんですか。でも、いいかもしれませんね、それ。」


「ん?」


「…大魔王を打ち滅ぼして、世界を救った大英雄が、暗黒の時代を知らない一人の女の子…いえ王女様ですが、そうやって毎日平和に過すって。」




 平凡とはいえないかも知れないですけど、泰平の証みたいで。







 …そうかもしれない。


 自分で言葉にしてみると、改めて思うのだ。自分は、忠誠と呼ぶにはまだ短いこの数年という月日の中で、今のこのクリス様との日常を心から楽しんでいるのだとしみじみと実感する。




(そうだ悪くないじゃないか。)


 かつての仲間たちと旅をしていた頃は、ただひたすらに強くなることに夢中だった。



 勇者として、リーダーとして自分たちを先導してきたヤツの背中を、持ち前の負けず嫌いと猪突猛進で、がむしゃらに追いかけた。

 …子供のころは、次男として生まれたゆえに継げぬ家名、決して追いつけぬ存在の兄や姉たち、自分の本質も、夢にも向き合ってくれなかった両親、そう、様々なものに不貞腐れ、そんなもの全てから逃げるように、剣の道に逃げ込んでいた。



 ああ、そうだ。この年になって改めて感じる。思えば自分の人生、止まることも、寄り道する器用さもなく、息が切れるのも構わずにただただ走り続けていたのだと。

 国を出たときもそうだ。故郷が失われる恐怖に襲われて、なにも考えずに、誰にも告げずに国を飛び出し、気がつけば英雄と呼ばれるようになっていた。




「のんびりと息を落ち着かせる頃合なのかもしれないわな。」

「え?」


 物思いに耽っていたらしい自分から目を離していたらしい、ローダがすみません、何かおっしゃいましたかと聞き返した時だった。







 ────────────── …… … !




「、姫様!!!!」

「は、えっ、なん…」


 聞こえた悲鳴に弾かれるようにその場から走り出した自分の後ろに、ローダが慌てたように続くのを感じる。


 走りながら、瞬時に全身に魔力をみなぎらせ、背中の大刀を中腰に構えた。

 敵襲か、魔物か、それとも事故か。こんな城下の昼間から魔物はないだろうと油断しタカをくくっていただけに、焦燥は酷く高まるばかりだった。


 短く叫んだようなものとは違い、聞こえてくる悲鳴はどんどん大きく、周りに反響していくようだった。

 離れたのはほんの数分前だ。悲鳴を頼りに道を曲がれば、それほど遠くなく姫様の姿が確認できた。


 姫の、姿がそこに…








 なんだ、これは…




 緑とも紫ともつかない火柱が、凄まじい轟音を上げまるで無数の大蛇のように四方八方にうねりながら、道々の木々や家々を焼き尽くしている。小さな掘っ立て小屋があったはずのそこには何も無く、ただその場で大きく燃え上がる炎の塊が平地にあるだけであった。


 そしてその大惨事の中央に、どうやらなにか、人影のようなものが…



「姫様!姫様っ、どこです!どこにおられますかっ!」

 もはやこの空間を埋め尽くすまでに広がった濃密な魔力の匂いに、思わず眉を潜める。あの炎の蛇どもは、この魔力の空気を喰らいながらどんどん大きく凶悪な温度に達していっているらしく、身体が自然に丸まり身を守ろうとする。


 空気を燃やし尽くすような爆風に、走ることが出来ない。一歩、また一歩となんとか足を踏み出す度に、まるでそれを阻むように軌道を描きながら爆炎が地面に激突する。そのつど文字通り息が焼けるような熱風が四方に吹き付けてきた。


 聞こえてくる叫び声は轟音に混じり、どうなっているのか幾重にも共鳴し合い、耳を劈くような響きを放っている。



「いやあぁああぁ、ああぁぁああっああぁ、あぁあっ!」

「姫様っ!姫様、そこにいらっしゃるんですね!?ダンカンですぞ!今参ります!」

「やだやだやだやだやだいたいたいいたいっ!やだやだやぁだあああぁあっ」


 もはや絶叫になっている姫の様子に、前に出す手足の皮膚が焼けるのも構わずに、勢いよく目の前を通り過ぎた炎の中を横切った。

 途端身体がバラバラにちぎれるような衝撃と激痛と、装具の金具が軋むように震えるのを感じたが、そんなものはどうでもよかった。一刻も早く、少女の下に駆けつけることだけが全てだった。



「見つけたっ!」

「あ、あ、あ、あ、あ、…あ、ぁ…?」

「姫様、御免!」

「っ!?」


 少女の肩と顎のラインに腕を差し入れ、関節を締め上げるように拘束する。身体の自由を完全に奪ったと同時に、かつて散々浴びた覚えのある身の毛もよだつ殺気を帯びた視線を感じ、引き寄せられるように下を向く。


 姫が、その双眸をかっと見開き、その瞳中で煮えたぎる、荒れ狂う魔力の脈動が…

「ぅ、っそうです、そのまま。そのまま、ゆっくり、ゆっくり息をするのです、そう…そう、良いですぞ。うん、ふう…いい子だ。」

「う、うぇ…んん、くっ、うう…」

「はい大丈夫ですぞ。…もう大丈夫。ダンカンがついておりますぞ。」

「え、?」

「…姫?」













「誰。」


 貴方、だれ。











 だれなの、あなた。こわい。こないで。ころさないで。













「賊は見つかったのか。」

「…はい。あ、いえ、見つかったのは、見つかりましたが…」

「死体か。」

「完全に消し炭です。装備品も、剣の柄の紋様すら判別できません。城下に潜んで姫様に接近したことから、その筋の人間だとは思うのですが、それも推測の域を脱しません。」

「そうだな…」




 あの後呟くように自分に言った姫様は、そのまま気絶するように眠りについた。途端、その場を蹂躙していた大蛇たちも、まるで煙が吹き飛ぶかのように消え去ってしまった。

 姫が意識を手放した後も、自分は呆然とこの腕に抱いたままその場から一歩も動けずにいると、その大騒ぎに、すでに城の警備隊や、城下の自警団、冒険者ギルドから人が集まっていたらしく、はっと我に返り、

「儂がこのままお運びする!門に治癒師と医者を待機させろっ!」と叫ぶと、出来うるだけ慎重に、急いで走り出した。


 しっかりと姫を抱え城門に向かうと、既に担架と完全に魔力を高めた状態の治癒師たちが、自分たちを、姫様を待ち構えていた。

 呼吸音ですら、はっきりと聞こえてこない姫をゆっくりと手渡すと、その肌に触れた瞬間治癒師が顔面を蒼白にさせた。


「お、おい、おいっ!大丈夫なのか、外傷は、怪我はないぞ!?、姫はど」

「急いで聖堂にお運びしろ!導流の器に傷がついている!そこ、2名こちらに!左右から結界を張って少しでも負担を軽くしろ!」

「はいっ」

「器から出魔の勢いが酷い!城中の止魔道負剤しっどうふざいをかき集めて来い!」




 そうして連れていかれ、治癒師に医者、薬草師が総出の治療にたり、結局数時間は一切の情報も貰えなかったのだが、先程ついに容態が安定したとの報告を受け取ったのである。

 治療聖堂室には王国特級騎士はもちろん、王宮魔道師に召喚師数十名におよぶ厳重な警備が敷かれ、自分もまた有事にはすぐに対処できるよう、隣の部屋で待機させられていた。

 ふと気配に顔を上げる。見れば、おそらく一睡もしていないのか(自分もだが)、やつれた様子のローダが静かに部屋に入ってくるところだった。ローダはこちらに気がつくと、躊躇いげに声を掛けてきた。



「…。…お疲れ様です、ダンカンさん…あの…王と王妃はなんと?」

「……姫の暴走を止めてくれて、感謝する、とだけ。…賊の対応を騎士団と、警備部隊に任せると、お二人はずっと姫様の治療に付きっ切りになっている。…高貴な方々だ。決して家臣の前で取り乱すこともなく、それは冷静な立ち振る舞いだった。」

 おそらくは今も隣の部屋にいらっしゃる。


「…労いなど…あれは儂の責任ではないか…」






 姫を連れて城に戻り、自分がその治療中何も出来ずに右往左往している間、城の“影”たちが徹底的に現場検証を行なった。


 そしてすぐに“影”に属する魔導師が現場の残留物と姫の暴走した魔力の残り香から、そのときの精神状態などを読み取ることが出来た。



「恐怖と自己防衛。」

「はい。そこら中焼け爛れ、家も木々も黒炭の状態でしたが、一人姫様以外の人間の痕跡も見つけました。」

「…まさか城下の民の者か。」

「いいえ、その思念ははっきりと外敵とみなされる負のオーラを持っておりました。」

 しかし、恨みや敵意はそれほども感じず、おそらくは誰かに依頼させて行動していた賊ではと思われます。



 ハイエルフとのクウォーターである姫様が、多大な魔力を有していることは大方城の魔道師のみならず誰もが想像していたことだった。


 母親である王妃が元王都の特級魔導師である経験から、エルフ族の血を引く姫様には早めの魔術訓練を受けさせるべき、との指摘が上がっていたが、原則として魔力の鍛錬は身体が出来上がる10歳頃を目安として始められるため、待望の一人娘として真綿に包まれるように大切に育てられていた姫様自身の肉体的成長を待つべきだとの判断が下され、結果姫はこれまでなんの訓練もされてずに生活していた。



 それが今回、賊に襲われたこと恐怖でとっさに迎撃の魔術を発動したらしい。乱れた精神状態であったことに加え、初めての“魔力の行使”が凄まじい威力であった為、今まで放置状態だった姫の、生物なら誰もが身体に有している、もっとも大切な内臓器官“導流の器”に亀裂が生じ、結果姫は“魔力の行使”を終えた後も身体から流れ出る魔力が止まらず昏睡状態に陥った。



『礼をいうぞ、ダンカン。よくぞ姫を“止めて”くれた。あのまま“魔力の行使”を続けていれば、きっと娘の身体は持たなかったろう。…それに、あれはやさしい娘だ。たとえどんな理由があろうと自分の力のせいで罪もない民が犠牲にでもなれば、きっと己のことを一生恨み続けただろう。』


 ありがとう、ダンカン。二つの意味で、娘を失わずに済んだ。



「……。」






『誰。誰なの貴方。恐い。殺さないで。』





 その時、自分に向かって放たれた言葉を、躊躇いながらも治癒師のおさに話してみたが、「ご安心ください、突然の身体に溢れた魔力のせいで、一時的に記憶が混乱しただけでございましょう。体調が落ち着けば何も問題ないはずですよ。」

 と、やんわりたしなめられただけだった。



 …いいや、あれは記憶の混乱などではなかった。


 本当に、姫様の瞳には何も“映って”はいなかったのだ。その中に、その心の中に、己の存在など一欠けらも存在していなかった。文字通り、自分ことなど何一つ知らぬという表情だった。


 ──未知の人物に対する、本当の怯えの感情だった。











止魔道負剤しっどうふざいとかは、想像つくかとも思うのですが、いわゆる止血剤の魔力版のようなものです。…適当に漢字を当てましたので、違和感あったらすみません…

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