プロローグのその壱
プロローグは予定としましては後は、『その弐』がございますので、まどろっこしい!な方は、頑張ってください。誤字脱字は、そっと皆さん見守ってやってください(すみません)。
「よーし、二班型やめ!装備そのまま、外周二十。駆け足!」
「「「「「はい!」」」」」
春うららか。この十年の極寒の歴史を吹き飛ばすかのように飛んだ号令に従い、まだ若い兵卒たちは額にびっしりと汗をかきながらも力強く駆け出していく。
「…よしと。」
そしてそんな彼らの後ろ姿に満足そうに微笑むと、今まで隊列のまん前にて渇を飛ばしていたその男もゆったりとした面持ちで歩き出した。
途中、思い出した様に空を見上げてみては深く息を吸い込み、そよそよと自らの髪を揺らす風に身を預けながら。
ハイデルフ共和国、4の月始め。
かつて彼─彼らが七人の仲間たちと共に、その命と、誇りと、人生をかけて守り抜いたこの国は、今日も穏やかな春のそよ風が吹き抜け、穏やかな命の息吹を感じられるまでに、そうまさに平和という名の日常を謳歌できるまでに息を吹き返し、この国の人々は笑顔と希望に溢れている。
「ダンカンさん、今日も兵の士気が高くて鍛錬にも身が入りますね。」
「おお、なんだローダ今日は休みか。暇なら混ざっていけば良かっただろう。」
「え、いやいや、そんな…折角の休暇の日にまでダンカンさんに絞られるのは勘弁して下さい…」
「はははは。」
身にまとう甲冑に響くような低い声と、身の丈7尺にもなる見上げるようなその身長。
彼を見上げるように話しかけていた若い騎士は、さっぱりと刈り上げた白髪の混じり始めている短髪に、同じく色の顎鬚を右手でしょりしょりと撫でながら笑うこの男に、ありったけの親愛の情を見せながら笑ってみせた。
男の名前はダンカン・ウォーレン。
かつて五十年の間、この国のみならず、世界の全てを恐怖と混沌の渦へと貶めた歴史上最悪と呼ばれる大魔王、『ケイレク』討伐を果たした勇者一行の戦士の一人であり、このハイデルフ共和国王族騎士団の大隊長の一人である。
「でも未だに信じられませんよ。俺のような一介の軍人が、大袈裟でなくこの世界の大英雄殿と並んで会話が出来るなんて…」
「ははは、お前も国王も大袈裟に騒ぎすぎなのだ。儂があんな命が幾つあっても足りないような旅に出たのは、冒険心からでも、ましてや英雄になりたかったわけでもない。ただただ、ここハイデリフ…儂の故郷を守りたかったというだけのことよ。」
「ダンカンさん…」
そう、彼のような大英雄がハイデルフのような小国にその身を寄せているのは他でもない。ここは、彼の生まれ故郷なのだ。
ダンカンは、きらきらとした憧れの視線を向けてくるこのこの将来有望な若者と対し、内心苦笑しながらまた顎鬚を撫でた。思い出すと懐かしいものだ…共に苦楽を共にした勇者一行の、自分を除くほか七名が本国出身である中で、自分だけが所謂の田舎騎士であったのだ。…それが今では英雄とはなあ。人生とはわからんもんだ。
しみじみとしていると、鍛錬後の身体に感じる程よい倦怠感と疲労感に合わせて空腹感が上ってくる。そういえばもう昼時だな。兵たちもあとは走りこみだけだし、自分は一足先に飯にしようか。
ローダ、良かったらいっしょに…
と言い掛けて、ダンカンははたと言葉切ってしまった。
話しかけられたと思ったローダは「え、どうしました?」と問いかけようとして、ダンカンの視線が明後日のほうを向いていることに気がついた。
宿舎に向かう、道を進んだすぐのところ。監視塔に続く石畳の途中の階段の陰に、なんだか白いものが見えた気がする。
「…?」
目を凝らしてみると…ああやっぱり見えた。あれは、リボン…だろうか?そうだ、間違いない。
人影…いや服のひらひらとした切れ端が確認できる。隣に立つダンカンもそれは捉えたらしく、軽く眉を上げて「ほう」と声を漏らした。
もしや敵襲、と腰の獲物に手を掛けようとしたローダを、しかしダンカンはそっと制した。
そしてローダを制したその右手を軽く上げると、そのまま親しげに振ってみせた。
「お嬢さん。儂に何か用だろうか。…ははあ、それともローダの恋人かな?」
思いがけず明るい声色で話し始めた英雄に、一瞬ローダはぽかんとしたが、すぐに掛けた言葉の内容にえ、となった。
お嬢さん?この鍛錬上に?
え、でもここ一般人はまずいんじゃ…と顔色を伺ってくるローダに一瞬目線をくれると、ダンカンはまた優しげにその白い人影に声を掛けた。
「さあこわくないよ、出ておいで。ここは王様の私有地の中でも一番大事なところなんだ。迷い込んでしまったならば、儂らが二人で外まで送ってあげよう。大丈夫、誰も怒ったりはしないよ。」
ダンカンが声を掛けても、その影は少し迷った素振りで揺れて見せるだけで、一向に出てこようとはしなかった。
けれどもダンカンが促すようにまた優しく声を掛けると、その影はようやく階段の手摺の壁からそっと頭を覗かせた。そして意を決したように、一歩足を踏み出すと、それからはしっかりとしたていでこちらに向かってくる。
少女だ白いドレスと、小さな赤い靴が可愛らしい、随分と小柄な…
と、ダンカンとローダは少女がその姿をはっきりと目視できる位置に来ると、二人は思わず目を見張った。
はっとまず目を惹いたのは、その美しい艶髪だった。
少女の肘まである長い黒髪はつやつやと輝き、ゆるいウェーブを描きながらゆったりと少女の頬と肩を揺れ動いて、同じくほのかに斜めに切りそろえられた前髪からは、くりくりとした大きな瞳がこちらを恥ずかしそうに見つめている。
肌は幼子ならではに張りがあり、遠目にもすべすべと白く輝いているのがわかり、緊張からだろうか、うっすらと桃色に染まっているように見える。
思わずに出会ったそのとびっきりの美少女に、ローダはまたぽかんと口を半開きにしたまま、彼女がこちらに向かって歩み寄ってくるのを見つめていた。
そしてとことこと、すぐに自分たちの傍までやってきた成人男性二人の膝丈ほどしかない背丈のこの子供にまたうっとりと見とれてしまう。
近くで見ると瞳の色が確認できた。これもまたこの子の黒髪によく映える深いグリーンだった。
───こんなにも美しい子供は、ついぞお目に掛かったことがない。
彼らの甲冑の着崩れの金属音が聞こえてきそうなくらいに黙り込んで、少女を見つめているローダを尻目に、ダンカンは急な大きな音で恐がらせないようにゆっくりと屈み込む。そして目線を合わせるとにかっと歯を見せて笑ってみせた。
少女は真っ直ぐにダンカンの方に歩み寄ったのだ。
「ほお~ずいぶんと別嬪さんだなあ、おぬし。んん?で、なんだ儂に用事かな?」
恥ずかしそうにもじもじしながら、目元を赤く染める少女に、自然とダンカンは手を伸ばしていた。
髪と共に頭を撫で、その絹糸のように滑らかな手触りに内心軽くおののきつつも、なおも言葉を発しない彼女に辛抱強く待ってあげる。
「ダンカン…さん。」
「ん、どうした?」
「あのね、お願いが、あって…その、」
「お願い?儂にか?」
はい、でも駄目なら、すぐに帰ります。大丈夫です、私ちゃんと帰り道覚えていますから。
先程からのもじもじとした態度とは違い、しっかりとした口調と、わきまえ方を学んでいるような態度だった。そしてその言葉と共にエメラルド色の瞳をぐるっと覆う、たっぷりとした睫とそのうるうるとした懇願するような視線に、一瞬ダンカンはどうにも気まずく感じたが、すぐに気を取り直すと少女に返事を返した。
「とりあえず、聞くのは構わんぞ。そして儂にできることなら、ちゃんと手を貸してやろう。」
「え、ほんとですか。」
「おう。王国騎士団大隊長に二言は無い。」
「えへへ、はい。じつはあの…」
ダンカンさんの、髭に触りたい!だってね、父さまも、叔父上さまもそっちゃってるんです!
そして暫く鍛錬場には、2メートルをゆうに越す大男が、彼の腕ほどの太さしかない少女を両手に持ち上げ、思う存分に自らの顎鬚をその桃色のほっぺたにぐりぐり擦り付けているというなんとも奇妙な光景が繰り広げられていた。
きゃいきゃいとはしゃぐ少女と、大きく響く低い声で笑う英雄のひとコマに、ローダは改めてこの国は平和なのだと、ほうと静かに微笑んだ。
…筋骨逞しい初老の大英雄の、その鋼のような首筋を撫で回す、その少女の白い手に、その場の誰一人も不審には思わずに。
始まりました。あ、美少年との恋愛を望んでいる方は(あの注意書きでいないとは思うけれども)ごめんなさい。主人公は、オ ッ サ ン 好 き なんです…。でも一応は多めに出ます。でも発展しません。キャラによっては不憫なことになることもまでありますので…