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文学部石川助教授の静かな日々

大泥棒の末裔 文学部石川助教授シリーズ1

作者: 桐原草

すぴばる内の「先生、修行がしたいです」コミュニティのお題として、「方言。ご飯をたべる。」と「豆。大泥棒。」というのをいただいて作りました。


「すぴばる」のサイトの方でも同じ作品をアップしております。

R15にもなりませんが、お正月から小学生に読ませるのはちょっと控えようかな、くらいの表現はあります。ご容赦ください。


「もう盗んでくるしかないわっ!」

 夕闇迫るキャンバス、とある研究室のなかから不穏な叫びがコダマした。

「ドア開いとったで、そんな大きい声出したら丸聞こえやで、アンタ」

 縦も大きいが横も大きい、クマさんのような男がのっそり研究室に入っていく。白衣の前ボタンは全開だ。刑事コロンボが医者のコスプレしているみたい、とはあるゼミ生の言葉だが、それがぴったり当てはまっている。

 若いのか歳とっているのかよくわからない風貌だが、本人によるとまだ35歳にはなってへんで、ということなのでそういうことにしておこう。


「うるさいわね、ナニしにきたのよ!」

 対するこちらは、艶やかな茶髪にボリュームのある胸とヒップ、ミニスカートのよく似合う、ゼミ生の噂では○○大学のフジコちゃんであった。惜しむらくは少々ヒステリックではあるが、それもフジコちゃんの名を汚すものあるまい。これで実は男と同じ歳、専攻は違うが同じ助教授、しかも学生の時からの腐れ縁なのであった。


「何しにきたゆうて、アンタにおみやげ届けに。関西出張やったんや、もち麩買うてきたで」

「うわぁ、好きなのよ、これ」

「せやろ、関西のモンは大抵こっちのスーパーにもあるけど、コレはあんまし見いへんやろ」

 男はテーブルの上に紙包みをそっと置いた。体に似合わず繊細な仕草である。


「そんで、何を大声で叫んどったんや?」

 大男は、ソファーに腰を下ろすのも、気を使っているような所作だった。

「あの山村教授のもっているお宝が欲しいのよ。誰かアイツを殺して!」

 フジコちゃんは、そんなことにはお構いなしにヒステリックに叫ぶ。


「なにも殺さんかてかまへんやろ。どないしたっちゅうねん?」

「前からコナかけてた神代食品をやっとその気にさせて、研究費もらえそうなのに、アイツのせいで駄目になりそうなのよっ。」

「ああ、あそことうまいこといったんか。そら、よかったなぁ。」

「アンタ、何聞いてたのよ。駄目になりそうなんだってば!」


 男は何食わぬ顔で土産の包みを開き、小皿とナイフ、醤油までどこからか出してきて、まぁ食べぇな、と言ってもち麩を差し出した。

 フジコちゃんはぜえぜえしながら、おとなしく皿を受け取った。

「あら、おいしい。」

 でもお土産にもち麩ってどうなのよ、ぶつぶつ言う声を、男はいつものように受け流した。


「山村サンとこから、ナニ盗んでくるんや?」

 男の声が、もごもごとくぐもって聞こえる。

「例のエジプトの大豆よ」

 フジコちゃんはいまいましそうに吐き捨てる。


 山村教授というのは、軽妙な語り口とダンディなマスクで、マスコミの露出も多く、クイズの回答者やコメンテーターもこなす、大学の売れっ子教授なのであった。専攻はエジプト古代史で、一昨年、発掘した遺跡から出土した古代の大豆の発芽に成功し、今は大学内に大豆畑まで作っている。


「神代食品があの大豆で納豆を作れ、っていうのよ!」

「・・・山村サンにもろたらええがな。」

 男がボソッと呟くのに、被せるようにしてフジコちゃんの声が響いた。

「それができたら苦労しないわよ。あのオトコにそんなこと頼んでごらんなさいよ、今度こそ貞操の危機よ!」

 山村教授は、色紙を頼まれると「英雄色を好む」と書くというのが、学内でのもっぱらの噂である。


 鼻息の荒いフジコちゃんを横目に、男はもうひとつ、もち麩を口に入れた。

「あんたかて無駄にカラダと顔はええやん。ここはひとつ、山村サンに色仕掛けで迫ってみたらどやねん?」

「なっ!アタシはねぇ、カラダで仕事を取るようなことはしないの。清純派なんだから。」

「こないだのホストみたいなオトコはどないしたん?」

「・・・ふられたわよ」

「何で?またいつもの?」

「っ!そうよ、わかってるでしょ、アタシに閨房術は無理なのよ!」

「えらいムツカシイ言葉使てんなぁ、テクニックがないっちゅうことやろ?」

「うるさいっ!」

 クマに言われたくないわよ、と涙目になりながら、フジコちゃんももうひとつ、もち麩を取る。


「そんなら盗んでくるしかないなぁ。」

 と、緊迫感のない声が、テーブルの向かいから聞こえた。

「だから言ってるでしょ。盗むしかないのよ。」

「せやけど、アンタできんのか?どこぞのアニメのフジコちゃんとは違うねんで。」

「うるさい!なんとか考えるわよ!」


「ワシが盗ってきたってもええで」

 男はにんまりした。

「クマになんか出来るもんですか。いいわよ、なんとかするから。」

 フジコちゃんは馬鹿にしたように言い放つ。


「ワシ、実は、石川五右衛門の子孫やねん。」

「ばっ、ナニかと思ったら、アンタこそ、アニメじゃないのよ。わかってんの?」

「ホンマやて。苗字かて一緒やろ?まあ、まかせとき。」

「ふふん、やれるもんならやってみなさいよ。」

「そのかわり、条件がある。」

「・・・なによ?」

「ワシと付き合うてみぃへんか?」


「あっ、アンタ、アタシのこと、好きだったの?」

「知らんかったんかいな」

 やっぱりもち麩はうまいなぁ、このまんま食べんのもええけどおツユに入れても最高やで。男のつぶやきを無視して、フジコちゃんはかすれた声を絞り出す。

「い、いつからなの?」

「いつから言うて、いつやったかいなぁ。そんなん、わからへんて」

 せやけど、もち麩ばっかりも飽きるなぁ、お茶でもいれよか。

 男の言葉に「あ、お願いします」と返してしまい、脱力したフジコちゃんであった。




 次の日、また男がノックもせずにフジコちゃんの研究室にやってきた。

「コレ、持ってきたで。」

 そう言う男がテーブルに置いたものは、ビニールに無造作にはいった大豆一握り。

「こ、これ、本当に盗んできたの?!」

 裏返った声でフジコちゃんは囁いた。

「なんや、大袈裟なこと、いうてたくせに、ホンマに持ってきたらビビるんかいな。」

 カラカラ笑いながら、男はソファにそっと座った。


「だ、だって。アンタ、捕まったらどうするのよ?」

 思わず後退るフジコちゃんであった。

「安心しい、捕まるようなことにはならんさかい。それより、約束覚えてるやろなぁ」


「 え、え、付き合うってヤツ? アンタ、本気だったの?」

「そら、本気やのうて、あんなこと言うかいな」

「アタシのこと、本当に、好きなの?」

 フジコちゃんは男の出方を確かめるように、一言一言区切りながら囁く。

「ホンマやて。アンタのこと、惚れとる。一緒になろうや」

「なんでそこまで話が飛ぶのよ~!!」

 そんなフジコちゃんを見て、男はニマッと笑った。

「アイツはたった一つ彼女の心を盗んでいったのです、言うのやってみたかってん。」

「このアニメオタクが・・・」

「ワシはテクニックの方も、なかなかのもんやで。ほな、行こか、エエとこ。」

 フジコちゃんは諦めたように、床に座り込んでしまった。




「それで結局、どうやって盗んできたのよ?」

 クマさんのテクニックとやらを十分堪能したあと、フジコちゃんはおもむろに口を開いた。

「盗んできたやなんて、人聞き悪いやんか。きちんともろてきたんや。」

「だからどうやって?」

「こないだ節分やったやろ? 学内で豆まき大会やったやろ。」

 話の展開が見えずに、フジコちゃんはただ頷いた。


「こないなこともあるやもしれんと思うて、山村サンの研究室に行って、豆まきの豆、山村サンのとこだけあの豆とすり替えといたんや。後は節分のとき、山村サンのとこいって落ちたん拾ろてきただけや。」

「・・・そんなことするくらいなら、すり替えたときに戴いてくればいいじゃないの。」

「縁起もんやさかいなぁ、盗んだらケチつきそうやろ?」


 もういっぺんエエか?

 伸ばされた手を払い除けられずに、フジコちゃんはクマさんの腕の中にすっぽり収まったのであった。

 フジコちゃんとクマさんに祝福あれ。

 了





お読みくださり、ありがとうございました。

文中のアニメというのは「○パン3世 カリオストロの城」です。

また、エジプト古代史を研究されている似たような大教授をご存知かもしれませんが、別人ですっ!笑って許して。

それから、古代のエジプトで大豆がつくられていたのか、古代の大豆が発芽するのか、以上二つにつきましては、当方調べておりません。ご存知の方がいらっしゃいましたら、ご連絡ください。


関西弁で判らないところがあれば解説いたします。どしどしご質問くださいませ。


挿絵(By みてみん)


挿絵その1です。クマさんシリーズの2と3に違う挿絵があります


さしえはお友達のakaneさんの力作です!クマさんとフジコちゃんの雰囲気そのままで、描いていただいたとき、「やったー」と叫んでしまいました。ありがとうございました。

akaneさんの作品は

http://mypage.syosetu.com/181685/

で読むことが出来ます


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