表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

第二章 龍杖の主

『東京』の街を見下ろす高層ビルの屋上。


そこに、ほっそりとした人影が立っていた。美しい黒髪の娘だ。

彼女は空を仰いでいた。


「今宵も月が綺麗ですわね……」


満月に照らされたその姿は――


「月光は魔族の力を増す……」


黒と紫を基調とした、ローブに身を包んだ桜留かのんであった。

学校の時とだいぶ雰囲気が変わっている。

厳しい、凛とした香気を発するのは同じだが、そこに妖艶な色が混ざっている。

強い風が、細くて赤いリボンを巻いた黒髪を激しくなびかせる。

同時にローブもはためいた。

ローブの下には、動きやすいシャツにタイツという恰好である。黒革のブーツでコンクリートの上を踏みしめて立ち、手には長剣を握りしめる。

「上手くやれ……ゴーギエル……」


星の冷たい輝きを浴びて、かのんは言った。


「―――!」


ぴくり、と彼女の眉が動く。


「来たか……」


かのんの瞳に、銀色の炎が揺らめいて灯った。


「『聖宝』の守護者。お前を、倒す」



×××××××××




「あたし、ろくに食べずに出てきちゃった」


辰魅はしまった、という表情で、呟いた。


『しょうがないよ、危急の時だもの』


リュウくんが肩を竦めていった。ぬいぐるみ体型の彼がやると妙な違和感があるな、と辰魅は思った。


「『仕事』がおわったら……大好きなハンバーガーを食べてやるんだから」


決意も新たに、辰魅は駆け出す。


夜の東京の、郊外を目指す。


暗い、路が伸びる先。

辰魅はリュウくんを促した。


「リュウくん! お願い!」


『判ってる。転送するよ!』


風に、メイド服の裾が勢いよく、音をたてて広がった。


月夜に、辰魅の声が響く。


「さぁ! 戦闘開始!!」



×××××××××



渓山たにやま 仙狼せんろうは、窓から見える遠くのネオンの輝きを、じっと凝視していた。

彼は、白髪白髯はくはつはくぜんの小柄な老人である。

古めかしい道教の徒が着る、ゆったりとした袖の服を着ていた。胸には太極図が色鮮やかに刺繍されている。


「御老体、辰魅くんはやってくれてますかな?」


低い声が老人の背にかけられる。

振り向かずとも誰かはわかった。


「あの娘なら、今度もやってくれるじゃろうて……」


優しい口調で仙狼は応えた。


「そうですか――それも占術で?」


「いや、ワシはあの娘を信頼しとる……雅敏まさとしの子じゃからな」


「二階堂博士は、確かに立派な方だった……」


昔話を語るように。

懐かしい人の名を告げる。


「だが……あの人の娘をこれ以上危険な目に会わせてよいのか……正直私は後悔していますよ」


「……西豪寺さいごうじ 剣三郎けんさぶろうともあろう男が、そのように弱気な発言をするとはのう――」


振り返りながら、仙狼は揶揄するように言った。


壮年の偉丈夫が立っていた。


精悍な眼と、雄魁な体躯の持ち主である。

彼が日本有数のトップ企業体――西豪寺コンツェルンの総帥であり、また、日本の政治を陰から支える〈八人委員会〉のメンバーでもあった。


「剣三郎……“杖”が選んだのじゃぞ、二階堂雅敏の娘を、な」


それを聞いた剣三郎は、やや困惑げな顔を見せた。


「――青龍の化身たる“杖”は自らの持ち主を選定する、ですか……」


「なぜ辰魅が“杖”の主人に選ばれたのかは、ワシにも、詳しくは判らんがな」


仙狼は、狭い室内に視線を向ける。

質素な調度品の置かれた、中華風の部屋だ。机が真ん中にあり、その上には、複雑な文字と記号が描かれた羅針盤のようなボードが設置されている。

――風水盤。

仙狼の仕事道具である。


「あの娘に賭けるほかあるまい……いまは、な」


「わが組織から、全国にいる様々な人物に日本の護りを任せていますが――」


「じゃが、“杖”が選んだのはあの娘なのじゃよ?」


「ですな……」


「神霊の加護が辰魅にはある。必ず“悪魔”どもの野望を挫いてくれる」


「私たちも全力でサポートしなければ」


「わかっとるよ、あの娘にだけ辛い思いはさせんよ。わが日本風水協会も力を注ぐ……それが“ガルガンチュア”との契約じゃからな――」


―――それにしても、 と、仙狼は意地悪っぽい口調で、剣三郎に言った。


「前からやけにあの娘の事を心配しとるが……それは未来の娘じゃからか?」


「何を申されます?」


彼は呆れた目で老人を見た。


「お主、あの娘には優しいが、ご子息には鬼の様に厳しいからのう……」


「京一は、後継ぎですから、わが一族を率いる者としては当然のことを……」


「その京一くんと辰魅じゃが……なかなか良い仲じゃと聞いとるが? 」


「それは屋敷で一番、歳が近いからでしょう」


「二歳差じゃが、のぅ」


「息子は未だ頼りない奴です。辰魅くんに相応しい男ではありませんよ。彼女にはもっといい相手が他にいるはずです」


「やれやれ、結婚相手まで雇用主が見つけるか……ふはは」


「二階堂博士からの恩を考えればそれくらい―――」


「――む?」


鋭い気が仙狼の眼に宿った。


「始まったか…」


――“ガルガンチュア”の守護する戦いが…… 。





×××××××××



黒い風が、白亜の建物の周囲を、上空から旋回していた。


一見すると病院か、福祉センターのように見える外観だが。


「日本風水協会」


その本部であり、占術士たちの日本における束ね役を自任する団体であった。

東京の郊外に、ひっそりとたたずむ、その建物は、ある秘密を抱えている。


「厚い結界が我の風を阻むか」


さすがは、“聖宝”を秘匿している場所だ。


「だが―――これはどうだ」


風は、具現化しようとした。

黒い風が一ヶ所に集まり、肉体を為す。

鴉の頭部に、筋肉質の肉体、背には大きな翼。鉤爪の生えた手を掲げる、異形の生き物が出来上がった。


「わが魔力のありったけを、ぶつけてくれる!」


「――はいはい、お痛はいけないわねぇ」


「! お前は……」


鴉の頭が振り向いた先に……。


「あんたにはここで、消滅してもらうわね―――」


ポニーテールの髪の少女が、巨大な“杖”をたずさえて、――空を舞っていた。





×××××××××



――話は数分前に遡る。


夜の街を駆けながら、辰魅はポケットから、小さな缶を取り出す。


掌にすっぽり収まるサイズの缶だ。


ふたをスライドさせて、中から黄色いものを一個出した。


――口に放り込む。


がりがりと、噛む。


「きたきたきた―――!!」


辰魅は身体に力がみなぎるのを感じた。


『よし!』


リュウくんが、光を呼ぶ。

光は辰魅に絡みついていった。


辰魅の着ているメイド服が、一瞬、青い輝きの粒になって弾けとんだ。


瑞々しい裸体に、再び青い輝きがまとわれた時――彼女の姿は変わっていた。


メイド服なのは基本的に変わらないが、ディテールが違う。


宝玉のあしらわれた水色のカチューシャ。

鮮やかな蒼色のブラウスに、紅いリボンタイ。大きく膨らんだパフスリーフ。ふわり、と風を受ける純白のエプロンの、後ろで結んだリボンが柔らかに揺れた。

脚には紺色のタイツ。蒼くて長いスカートの裾と、腕に巻いたバンドには、白いフリルが取り巻いている。

髪はポニーテールに結われ、大きめのリボンで括られていた。


「完了!」


新しいメイド服を纏った辰魅の腕のなかに、巨大な物体が現れる。


異常なほど巨大なそれは――杖というより『柱』と呼ぶ方が相応しいだろう。


全長は八メートルはあるだろうか。硬質なサファイアブルーの煌めきを秘めた杖の先は、荘厳な龍頭になっていた。東洋の龍の造作である。威厳と強大さを感じさせるデザインだ。


“杖”の太さは丸太の半分ほどか、片手で抱え込み、もう片手でグリップを掴む造りであった。


コードネーム D.H. ――通称、龍杖ドラクロテス



『龍脈結合ON』



龍杖からぶぉぉぉぉん……という吼えるような音が鳴り響いた。


「翔ぶわよ!」


辰魅は地面を蹴るや、宙に舞い上がった。


辰魅は軽々とした身のこなしで、夜の街を駆ける。いや、翔る。

垂直のビルディングを駆け登り、屋上から屋上へと跳ぶ。その姿はさながら鴉天狗のようだった。


巨大な龍杖を苦もなく扱いながら、彼女は東京の郊外を目指した。

そこには、日本風水協会の本部があるのだった。

白亜の壁に囲まれたその建物は、占術師たちのギルドであり、また、日本を密かに守る機関とも関係する組織の中枢であった。


――その、地下には、“聖宝”なるものが厳重に保護されている……


一度だけ、辰魅が見ることを許された“聖宝”……これを狙う「敵」がいる。


その「敵」の漆黒の気を感じとった辰魅は、脚を速める。そして、星澄める夜空に向かって跳んだ。


「――全人類の敵! 待ってなさい!」


凛々しく、叫びが響いたのだった。



×××××××××



「……貴様か、我々の邪魔をする魔法使いというのは」


「敵」である「悪魔」は、そう憎々しげに、言った。


悪魔――そう、辰魅たちはこの悪魔と呼ばれる異質な生命体と戦っているのであった。


鴉の頭部が、雄叫ぶ。


「ぐぁぁはぁぁあ!!」


ゴーギエルは、風を起こした。


「――あたしは、魔法使いじゃないわよ……」


悪魔の手に、うねる風が収束していく様を、辰魅は落ち着いた顔で見守る。


「食らえ! 乱風牙!」



ゴーギエルが、真空の大刀を降り下ろした。

目に捉えきれぬ鎌鼬が、辰魅に向かう。


辰魅は龍杖を掲げ、起動を設定。

龍杖ドラクロテスが唸る声とともに目覚める。


すでに龍脈と霊的接続コネクトされた龍杖は、大地から膨大なエネルギーを汲み上げている。


蒼い龍頭が輝きを伴い、熱を帯びる。


「――木行の気を克すは金行の気なり」


「……! 魔法使いのロッドか!」


ゴーギエルが巨杖を見た。


「金克木(金属は樹にうち克つ)!」


黄金の光が、鋭利な真空の刃から、辰魅を防御した。


「あたしは――風水使いよ!」


言いながら、龍杖を操作。巨大な杖を片手で横に振るう。


ギュン!


先ほどの悪魔が放った鎌鼬より威力のある呪刃が、鴉の片翼を断ち切った。


「ぐぎゃぁぁぁ!?


ば、馬鹿な……人間にこのような魔力が?」


黒い血を吐きながら絶叫するゴーギエルの前で、辰魅は懐より缶を取り出す。

そして、缶から黄色い飴のようなものを出して、口中に放り込む。


「そ、それは……」


その問いには答えず、にっ、と笑うのみ。


その飴のようなものこそ、神が人に与えたという甘露――すなわち“マナ”であった。霊気を高密度で凝縮させたそれは、人に高い生命力と霊力とを付与する。

かつて、彷徨するイスラエル民族を救った天よりの賜物だ。

辰魅はこの“マナ”を食らうことにより、通常人の何倍もの霊力と体力を発揮できる。



「くっ―――」


悪魔は魔力を練り上げ、赤光を作り出す。


「うぐぉぉ!」


辰魅は龍杖の攻撃モードを変更・選択する。


『水撃モードに変更』


「悪魔、とっとと、消えてもらうわ」


「ならぬ! 女王の御為にも、必ず“聖宝”を奪うと誓ったのだ!」


「渡さないわよ……」


ドラクロテスを構えた。


青く蒼く、杖が光り輝く。


黒き風の悪魔――ゴーギエルは、未だに辰魅を、たかだか人間の小娘ではないかと侮っている。

誤算はその油断だ。


彼の魔力が黒炎と化して爆球を産み出す。


「小娘!」


「……水覇轟走」


水晶色の龍頭が、ぴたり、と悪魔に向けられる。


「食らうがいい!神をも灼く黒き焔を!」


燃える魔力が夜空に炸慄した。


「ぐはあああ!!」


辰魅は避けもせず――龍杖を起動。


「はぁぁ!!」


射線を確保。悪魔に放つは青き力。

高密度に圧縮された水行の気を束ねた、水の鎗が、分裂しながら悪魔に四方から向かう。


「――!?」


邪悪な焔を一瞬で浄化した水鎗は、空中に滞空するゴーギエルを串刺しにした。


「……あぅぎゃぁぁぁぁぁ!?」


断末魔。


鴉の羽が、闇に飛び散った。


「悪魔は闇に還れ――」


何の感情も含まぬ、辰魅の声。

風が、彼女の衣装を揺らす。

ゴーギエルの姿は消滅していた。


「これで今回は――!?」


辰魅の身体が、吹っ飛んだ。


「うあぁ!?」



辰魅は、ビルの外側面に叩きつけられていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ