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第一章 夕闇の疾走


「よおっ!いま帰りか?」


「一ノ(いちのせ)……か」



俊敏そうな体つきの少年が、学校の玄関先を出たばかりだった京一を、呼び止めてきた。


「生徒会のお仕事、ご苦労さん♪」


茶目っ気たっぷりに笑いかけるこの少年は、一ノ瀬 歩夢(あゆむ)。京一のクラスメートである。


彼は帰宅部だが、運動神経は抜群――京一の何倍もある――なので、色んな運動部から助っ人の要請がくる。


「また、どこかのクラブの助っ人かい?」


「おう、野球部の練習試合にいってきたぜ」


「君もこれから帰るのか?」


「そうだけど…一緒に帰るダチが遅いんだよな」


「なんだ。友達を待ってたのかい」


「そうさ。お前は確か、いつも迎えに来てもらってたよな?」


「うん。爺やが……」


「京一く〜ん!」


その時、女性の声で呼ばれ、京一は軽く瞠目した。


「あれ…?」


白いエプロンに濃紺のメイド服。

長い髪の娘が、彼の姿を認めて駆け寄ってくる。


「に、二階堂さん…どうして」


「執事さんに頼まれたの。急用ができたから、かわりに京一くんを迎えに行ってくれって頼まれてね」


「そうなんですか…」


「お、おい。西豪寺、この人は?」


「家で住み込みのメイドをやってくれている、二階堂辰魅さんだよ」


「お友達? よろしく…えっと」


「一ノ瀬歩夢です! よろしくっす」


歩夢は、京一の首に腕を回して、


「畜生! うらやましいなぁ、西豪寺はよぉ、こんな綺麗なメイドさんと一つ屋根の下で―――」


朗らかな笑顔を浮かべているが、その瞳には嫉妬と羨望の炎が燃えていた。


「くっ…苦しいよ……」


「あら、仲がいいのね」


「それはもう。俺たち大親友だもんな」


「……そうだね…」


腕の締め付けから解放され、京一はぜぃぜぃ喘いだ。


「くす。一ノ瀬くん。これからも京一くんと仲良くしてやってね」


「もちろんですよ。そうだ。明日お前んち遊びに行くよ」


「ちょ…一ノ瀬…」


付き合いの長い京一は、歩夢の下心を嗅ぎとっている。


「あら、そうなの? じゃお茶菓子買っておかなきゃ……」


「二階堂さん…」


京一には迷惑な話だったが、ここで拒否すると、後でうるさい。それに辰魅に器の小さい人間だと思われたくない。


「……楽しみに待ってるよ……」


「そうこなくっちゃな! 親友」


心の中でため息を吐く京一であった。


ところで、お金持ちの送迎といえば、ごついSPがぞろぞろついて歩く。そんなイメージがあるが、西豪寺家の場合は違っている。

京一はSPを連れて行くのを嫌っていた。四方を、いかにガードマンとはいえ、黒服の威圧的な集団に囲まれるのは正直落ちつかないし、精神的に疲れる。

だから、車の送り迎えは老執事の川崎重吉のみが行うことになった。ちなみに老人だが、実は彼は護身術の達人だという話だ。京一自体はその腕前を見たことはないが。


…それにしても。


(SPをつけてくれないよう頼んでてよかった)


京一はリムジンの中で、喜んでいた。


(二階堂さんと二人っきり。夢みたいだな)


軽いデート気分を味わっている。

しかし。辰魅の方はそれどころではない。 高級車をキズつけずに、帰らなくてはならない。少なくとも、かすり傷一つでも、彼女の財産では修理費を賄えないだろう。


慎重にハンドルを握る。


「京一くん。悪いけど、途中で買い物によってもいいかしら?」


「良いですよ」


これで、二人っきりの時間が伸びたと喜ぶ。


訪れた商店街は、すでに濃い夕闇に包まれていた。


「悪いわね。荷物持ちみたいなことさせて……」


「構いません。僕は全然、気にしてませんから」


ますますデート気分が増すだけだと、京一は思った。


彼は楽しい時間を満喫しながら、憧れの女性に目を向ける。


「……」


買い物をしている辰魅の横顔を、京一はうっとりと見つめた。

可憐で。


強くて。


優しくて。


京一はいまのこの時間が、ずっと続けばいいのに、と願った。


―――だが……


騒動は突然にやって来るのだった…!



×××××××××



――清流館高校。


桜留かのんが、生徒会室の窓のブラインドを下ろそうとした時。


「……」


窓の外。帰ろうとする西豪寺京一に近づいていく女性の姿が見えた。


「何故、ここに…?」


はっと、目を見開く。


薄暗い生徒会室に、一瞬、沈黙が流れる。

しかし、すぐにかのんの鋭い声が静寂を切り裂いた。



「―――わが剣よ」


かのんが、手を振る。

銀光を発して、一振りの長剣が手のなかに現れていた。



「わが契約に従いて―――」



剣が複雑な幾何学紋様を描く。


魔方陣。



「わが従者。来たれ」


かのんは呪言を紡ぐ。


―――風が起こった。


光が弾け……


「我を召喚せしか、女王よ」



「お前には、任務の前にやってもらうことがあります」


「はっ。御意に――」


「ゆけっ、黒き風よ…」


長剣を鳴らし、かのんは命じた。


「御意。魔王の血脈たる女王よ……!」


黒い風が、部屋の窓を叩いて開き、外に飛び出していった。


「……」


かのんは、暗い炎の宿る瞳で、夕陽差すの中を(たたず)んでいた――。



×××××××××



その頃。リムジンでは。


ドライブデート(?)が続いている。


運転する辰魅に、京一が学校で起こったことをしゃべっていた。


「京一くんって、その桜留さんていう会長さんに、いっぱいお世話になってるのねぇ〜」


彼女は、少々、呆れたように言った。


「はぁ……」


薮蛇だったか……評価を下げてしまったか。京一は学校の話をしたのを後悔した。


「――暗くなってきたわね」


辺りは夕闇に沈みつつあり、彼女としては事故らないよう、注意しなければいけない。


辰魅はヘッドライトをつけた。


夕闇のなか。昏い金色の光が、辰魅の姿を照らし出す。

神秘的な美貌だと、京一は思った。


人の絶えた道路を進む。


―――と。


「!?」


辰魅は、ヘッドミラーに映った影をみて、緊張した表情を一瞬、つくった。


(あれは…)


「――まさかね」


その影はすぐに見えなくなった。

気のせいか……と、安心しかけたとき。


「ひょわ!?」


ガツン!

と、衝撃が、車体にきた。


「二階堂さん!」


「わわっ!」


ぎゃららるるっ!


危うく車はスリップしそうになった。


「うわぁ」


また、リムジンの後ろに、重たい衝撃が。


ぎゅろろぁぁっ!


ビルに突っ込みそうになるのを、必死に回避した。


「二階堂さん、なにが……」


京一はあたふたと窓の外を見るが、なんの姿も確認できない。


「しっかりつかまってて!」


アクセルを踏んで叫ぶ。

スピードを上げる。


「ぬわっ」


その速さに京一はびっくりした。


「……」


サイドミラーに、黒いなにかが映る。


「うっ…」


辰魅は、冷たい汗を浮かべた。


(―――早く屋敷にたどり着けば……なんとかなる)


なぜ、いまこのタイミングで、アレが飛来するのだ……!?


胸の中で、辰魅は毒づいた。


(とにかく、西豪寺邸に着けばこちらの勝ち―――)


ハンドルを握る手に力がこもる。


「……一体、何が……」


「たちの悪いストーカーよ!」



「もしかして、僕を狙ってるの?」


「えぇ!」


短く答えると、辰魅はリムジンの制御に集中した。今のままでは満足な力が発揮できない。不利な状況は変わらないが、諦めはしない。


そして、誓う。


この少年を守ると。




ガシャン!!


左のサイドミラーが、砕けた。


「……」


辰魅は硝子が飛び散るのを横目に、アクセルを吹かす。


…… 連中め、アレが私だと気づいたのね?


だとしたら。


自分の闘いに、何も知らない京一を巻き込んでいることになる。


「悪魔め……」


唇を噛む。


「あともう少しで屋敷だよ!」


京一は励ますように言った――その時。


ベゴリッ……!


天井が、巨大な槌で上から叩いたかのように、歪んでひしゃげた。


「なにかが上にいる!?」


京一は半泣きで口走った。


「…ち」


辰魅は舌打ちをした。

このままでは反撃もままならない。


(まいった)


敵は車の天井部分に貼りついているのか。 だとしたら、人間大に実体化している?


(得物が欲しい)


痛切に願う。


―― トゥルル…


辰魅の携帯が鳴った。


ハンズフリーなので、ハンドリングの最中でも通話ができた。


「もしもし……」


辰魅はあらかじめ、イヤホンをセットしている。


『辰魅くんか!私だ』


低いバリトンが、彼女に呼び掛けた。


『いま、我々は奴等の反応を捕まえた!』


「いま、そいつがいますよ、頭の上に……京一くんも一緒です」

『……なんと』


相手は絶句したようだった。


『…


いま彼がそちらに向かっている』


「ほんとですか!?」


ハンドル操作に余念のなかったメイドも、思わず眼を輝かせた。


「――とはいえ、京一くんを巻き込むわけには参りません。とりあえず屋敷に逃げ込みます……」


『――了解した。こちらもなるべく君をサポートする。とにかくもうしばらく頑張ってくれ』


「はい!」


通話が切れた。


「誰から?」


「…執事さんから。早く屋敷に逃げろって。相手はたちの悪いマフィアだそうよ」


「そ、そうなの?」


もちろん、嘘だ。


「飛ばすわよ!」


突っ走った。


……バシィ! ダン! バリィ!


天井の外から異様な音が聞こえてきて―――


(奴の気配が消えた……!)


彼がやってくれたのだろうか。

頷いて、辰魅はリムジンを疾走。橋を渡り、信号を越え、道を曲がり―――



「着いたっ!」



京一が歓声を上げた。





×××××××××



「まさか、あんなところで襲われるなんて……無事に屋敷に戻れてよかったわ」


辰魅は、メイド服のまま、寝台の上に横たわりながら、呟いていた。


『ホントだね。でも、この屋敷には多重の護法結界が張ってあるからね……いかに彼らでも屋敷に入れないし、僕たちの〈気〉を探知することも不可能だからね。ゆっくり休むといいよ』

辰魅は微笑んだ。


「そうね、リュウくん」


視線の先――窓際に、奇妙な物体が浮かんでいた。


青い色をした、ふかふかのぬいぐるみ。


それが宙に浮き、喋っている。


『彼は大丈夫?』


「京一くんなら、もう落ち着いてる。いま、食事の最中じゃないかしら?」


半壊したリムジンで屋敷に辿り着いたあと、怯える京一を落ち着かせて、入浴を促した辰魅は、そのまま自室に戻り、寝台に倒れこんだ。緊張したせいもあってかなり疲労していた。


「今日はリュウくんのおかげで助かったわ。ありがとう、リュウくん」


『君たちをサポートするのが僕の役目さ。“本体”が動けない以上、君たちに何とかしてもらうしかないからね』


「あ~あ、とんだ『聖宝』の守護者に選ばれたわね」


眉根をしかめて、辰魅はぼやいた。


『しかし、あれこそがいままでこの国を守ってきたんだよ。――もし、あれが彼らの手に渡ったら』


「判ってる。あたしにだって、あれの大切さが……」


そう言った後、辰魅は立ち上がり、髪を整え、ずれたカチューシャを元に戻した。


「あいつら、まだ諦めてないでしょうね」


『当然だね。彼らはあれを喉から手が出るほど欲しがっている』


「なら、それを護るのが――あたし」


辰魅は、強い眼差しで、窓の外に広がる夜空を仰いだ。

あたかもそこに、敵がいるかのように――


「――その前に……腹ごしらえを」


まだ夕食すら食べてない彼女だった。


―――プルルルル♪


電話が鳴ったのは、辰魅が部屋の扉を開けようとした、その瞬間であった。


「……」



××××××××



ぼうっとした表情をしながら、京一は屋敷の廊下を歩いていた。


あの、夕べのドライブは、彼にかなりのショックを与えていたようで、あの時の光景が脳裏から離れないでいる。


しかし、身体を洗い、腹を満たした今では、屋敷に還ってきた時のような恐怖心は払拭されていた。


ただ何よりも忘れ難いことは……


屋敷に辿り着いた直後。怯えた少年を安心させるように。辰魅は京一をそっと、優しく、抱きしめてくれた。


それは、京一の頭が真っ白になった瞬間だった。


辰魅の胸の感触や、身体の柔らかさ、髪やメイド服から漂う甘い香り。

それら全てが、京一の思考から恐怖を洗い流したのである。

かわりに訪れたのが、軽い羞恥心と、ときめき。


「――もう、大丈夫だからね」


その声が、耳に残り続けた。

結果的には、彼は幸せな境地に至っている。

命を狙われたというのに、単純な男だな、と、自分でも思うが、ハッピーな気分に偽りはない。


――― と。


「あら、京一くん」


廊下の角から、辰魅が姿を現した。


「二階堂さん…!」


「どうしたの? 顔が紅いけど……やっぱり、まだショックが抜けてない?」


「あ、いや、大丈夫です。……それより、二階堂さんこそ、どこへ? お仕事ですか」


「んー、まぁね。ちょっと用事」


「手伝いましょうか?」


苦笑して、辰魅は首を振る。


「いいわよ、別に……だいたい、あなたは私のご主人でしょ」


「正確には僕の、父の……ですよ」


「おじさまはめったに屋敷に帰ってこないし……だから、その時はあなたが主人よ」


京一の鼻先に人差し指をひょいと突き付け、悪戯っぽく笑う辰魅。


「でも僕は二階堂さんを……その、部下だとか思ったことないですよ」


「あら、殊勝な坊っちゃまね~。昨今のお子さまたちのわがままぶりとは違うじゃないの」



辰魅は、うふふと笑いながら、スカートを翻して京一とすれ違おうとする。


「じゃあ、私は行くわね。――京一くん」


「は、はい…」


「私、あなたになら、部下って思われても構わないわよ……だから、なんでも命令していいわよ」


その冗談めかした言葉に、


(ドキン!)


京一の胸が高鳴った。


「―― そ、それはどういう……」


京一の、辰魅の言の真意を問うた呼びかけは、しかし彼女には届かなかった。


小さな声を飲み込み、京一は辰魅の去った方をただ、呆然と立って見ている。


どぎまぎした思いを抱えて、京一は自室に戻った。




×××××××××



辰魅はそっと、屋敷の庭に出た。広大な庭園だ。花壇や樹々が闇の中で静かに安らいでいる。


辰魅は、出動を命ずる電話での連絡を、今更ながら思い出す。


それは、日本風水協会からの連絡であった。


そう。辰魅は、ある物を護るためにこれから戦いにいかねばならない。


「……リュウくん、奴の反応は?」


『保管庫に近づこうと狙ってるみたいだよ、……この街の上空を旋回してるね』


青いぬいぐるみが出現し、可愛い外見に反して、緊張した口調で彼が答えた。


「毎度、連中は諦めが悪いわね」


『千年以上も封じられてたんだからね……』


「全く……」


メイド服のフリルを風にそよがせ、辰魅は苦々しく呟いた。


「これも“仕事”かな」


リュウくんは彼女を促すように、言った。


『さぁ――』


「……行きましょう」


辰魅は庭を横切り、塀に近づく。一瞬の跳躍で、塀を乗り越えた。


屋敷の正面から出ていって、門を守る守衛に見とがめられたくなかったからだ。


京一はもちろん、他のメイドや守衛たちにも彼女の秘密を知られるわけにはいかなかった。


それは、誰にも知られぬ神秘の戦い。


辰魅の副業(と言う言い方は、果たして正しいのかどうか)は、まさに人知を越えた次元にあるのだから―――




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