第一話 環状からの脱却
その日も、公園に鈍い打撃音は響いた…。
人目につかない、この公園に、自分を助けてくれる人間など、いやしない。
「おいおい、このまま殴ったら死ぬんじゃね?」
「じゃあ、どれだけ殴ったら死ぬか試そうぜ。」
「いいねえ。」
…俺は、こんな環境に生まれたことに対して、深く後悔している。
…自己紹介がまだだった…。俺の名は高倉英春。今年、二〇二〇年で小学四年生だ。
周りからはやたら大人びていると言われてるが、それも、すべて親のせいだ。いや、親とは到底呼べないような代物のせいで…。
はっきり言って、父も母もクズである。
少し調べれば身の毛もよだつような経歴がわんさか出てくる。おまけに、家をよく留守にするばかりか、俺と、三歳下の弟をほっぽり出して、なにかをしていた。
そのくせ気に入らないことがあればすぐ手を挙げて虐待をする…。それを知った母方の祖父が両親を通報し、俺たちは祖父に引き取られた。
祖父は厳格だが、かなり人間ができた人だ。そのおかげで俺も弟も、ここまでまともに育つことができた。
俺たちにとっては、祖父が親なのである。
だが、実の両親が犯罪者ということがなぜか学校に知れ渡り、俺はいじめ、いや犯罪の標的にされた。
クラスのやつは、口を開けば「あいつの親は犯罪者だからあいつも異常者。」だの、「あいつと関わったら殺される。」だの、ふざけたことを言い合っては笑っていた。
…やっぱり人間は醜い。弱いからもっと下の奴をけなす。おめでたい頭だから自分のした過ちに気が付かず、繰り返す。…たまらなく悔しく、つらかった。
だが現実は非情なもので、手を差し伸べてくれた大人は、祖父だけだった…。
一人だけ、友人と呼べるような奴は居たが、そいつも一緒にいじめられ、2年生の時に高知へ引っ越したと言う。
…いつもの一条なんとかってヤツにボコボコにされて、気絶しそうな中で家へ帰った。
ほんとうに日本人とかいう民族はカスだ。集団圧力とかふざけた理由で、弱者を徹底して潰しにかかる。
そのせいで、山本もつぶされてしまった。
もう、俺の心は、ないに等しい。痛みだけじゃない。
悔しいのに何もできない自分が到底許せなかった…。
家の鍵を開けると、いつも以上に静かだった。
いつもは祖父がテレビをつけてバラエティ番組を観てるのに、今日に限っては、居間で新聞を読んでいる。
「じいちゃん、ただいま…。」
「おかえり。まあ、そこに座りなさい。」
祖父は俺の前にある座布団を指さす。
…祖父のこの重厚な顔持ちは、両親の虐待が発覚したときと、いじめが発覚したとき以外に見たことがない。俺がそこであぐらをかくと、祖父は黙って一枚のチラシを渡してきた。そこには、デカデカと"新城・追風村児童短期移住キャンペーン"と書かれていた。
「…なにこれ…。」
「単刀直入に言おう。これに参加してみないか?」
「こ、これに…?」
急に言われて反応に困ったので、しっかりチラシの内容を確認してみる。
追風村…。愛知県新城市のそばにある小さな村で、人口はわずか108人。俺が通っている小学校の4年生全員のほうが多い。…人を呼ぶための策と見た。
対象年齢は小学4年生。俺はその条件を満たしている。
…正直、この町に居続けたら本当に死んでしまいそうだ。それなら、知らない土地と知らない人々に囲まれながらのんびり暮らしていたほうが断然よい。期間はわずか1年と短いが、それでもいい。
俺は、とにかくこの町を出たい。
その言葉を口にすると、話はトントン拍子に進み、5日たった。
今日が旅立ちの日である。
「じゃあ、行ってきます。」
「ああ。気をつけるんだぞ。」
「一春、じいちゃんを頼んだ。」
「うん。任せて。」
「は、まだ子供に助けられるような年じゃないぞ。ほら、時間は大丈夫か?」
「確かに。じゃあ、また、1年後に。」
そう言って、俺は家を出た。
数分歩いて、路面電車の乗り場までやってきた。
料金を払い、電車に乗り込む。
「…集合場所は名古屋駅なんだよな…。ここは、豊橋市だから豊橋駅集合にしたほうがいいと思うが…。」
無駄にお金を払うことになって、ちょっとムカついたが、忌々しいこの地から出られるための代金だと思えば、安い方なのだろうか…。
さて、どんな生活が幕を開けるかは俺次第だ。
まずは、人嫌いを直さなくては…。




