第6話:決意
「失礼します、ローワン様」
ローワンの私室に入ると、ゆったりしたローブに着替えているローワンが書類を置いて立ち上がった。
「用事があるときはクーパーかモンゴメリに、とお話ししたはずですが」
まるで食後のくつろぎの時間を邪魔しに来たと言わんばかりの、木で鼻をくくったような態度だった。
「ノエルのことです!」
怒りをにじませるステラを、ローワンが冷ややかに見つめる。
「なぜ放置するんです? あの子はまだ五歳ですよ?」
「子守も家庭教師もつけていますが」
「そうではなく! あなたの甥で今は養子ですよね? 養父である貴方がもっと気にかけてあげられませんか? 食事も別々だなんて」
苛立ちを隠さないステラに、ローワンがふう、とわざとらしいため息をついた。
「あなたに何の関係が?」
突き放すようなローワンの態度に、ステラは絶句した。
わかっていた。短い間だったが、ローワンはまったくノエルに興味がない。
だから、自分の言葉もまったく響いていない。改善する気がないのは明らかだ。
ステラはぎゅっと拳を握った。
「私は……あなたの妻ですよね?」
「そうですね。誓約書にサインをしましたから」
「なら、ノエルの母ということですよね!? では、私がノエルの世話をしても構いませんよね?」
ローワンが奇妙な生き物を見るような目で見つめてくる。
「そんなに公爵夫人として張り切る必要はありませんよ。暇ならお友達でも楽士でも招いてお茶会やサロンを開かれては?」
「そんな話をしてるんじゃありません!!」
腹の底から怒りが湧き上がる。
激高するステラを、ローワンが無表情に見つめてくる。
「あなたはご両親を亡くしたあと、実家でずいぶん苦労なされたとか」
「!!」
どうやらローワンはステラの素性を調べたらしい。公爵という立場上当然だろう。
「社交界にも顔を出さず、ずっと家にこもって雑用をしてらっしゃたんですよね」
「……」
「ここでは最低限の社交をするだけでいいんです。ゆっくりのんびり過ごせばいいでしょう? 好きなものを買って自由にすればい」
「ええ、自由にさせてもらいます!!」
お話にならない。ノエルのメニューのことも相談するつもりだったが、ローワンがこの態度では話しても無駄だろう。
「夜分に失礼しました!」
ステラはさっさと部屋を出た。そうしないと、本当に怒鳴りつけてしまいそうだった。
(あの役立たずーーーー!! もうあんたになんかに頼らないわよ!!)
ごうごうと燃える怒りが胸で渦巻く。
どういう理由があるのか知らないが、たった五歳の子を放置していいことにはならない。
「ケンドリック」
憤怒をなんとか押さえ、ステラは押し殺した声で執事を呼んだ。
「はい、奥様」
部屋の外で忠実に待っていてくれた執事がさっと近づいてくる。
「ノエルの部屋へ行きたいのだけれど」
「かしこまりました」
ケンドリックが案内してくれる。歩いているうちに、頭が冷えてきた。
(私……勢いのままローワン様に憤りをぶつけてしまった……)
それは離婚を言い渡される危うい行動だった。
(ど、どうしよう。いえ、大丈夫。さすがに結婚した初日に離婚はしないはず)
深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着ける。
「こちらがノエル様の部屋です」
「ありがとう」
ステラはドアをノックした。
「ノエル。ステラだけど入っていいかしら」
「……はい」
ドアを開けると、広々とした部屋の真ん中でぽつんとノエルが座っていた。
思わず涙が浮かんでしまう。
(本当にひとりぼっちなんだ……)
「こんばんは。少しお話ししてもいいかしら?」
ノエルが戸惑ったようにこくんとうなずく。
おそらく、食後寝るまでの間に誰かが訪ねてくることなどなかったのだろう。
「これは何を作ってるの?」
ノエルが積み木を重ねているのを指さす。
「おうち」
ノエルがそっと三角の積み木を一番上に置く。
「そう、素敵ね。もっと大きくしましょうか」
ステラも積み木を手にし、ノエルの積み木に連なるように重ねていった。
「あら、家具もあるのね。じゃあ、ここは寝室にしましょうか。ベッドを置くわ」
「……こっち」
ノエルは控えめだったが一心に積み木を重ねている姿から、楽しんでいるのがわかる。
一時間も遊んでいると、立派な家ができあがった。
「そろそろ寝る時間ね。じゃあ、私はそろそろ行くわね」
そう声をかけると、ノエルがもじもじとうつむいて手を合わせる。
何か言いたげなノエルに、ステラはできるだけ優しく微笑んだ。
「私はあなたのお母様になったの。何でも言って」
ノエルが意を決したように顔を上げた。
「御本を読んでください……っ」
ノエルがさっと部屋の本棚から一冊の絵本を手にしてきた。
差し出された絵本は何度も読み返したのか、端がボロボロになっている。
「いいわよ。じゃあ、お着替えをしてベッドに行きましょうか」
ステラの言葉に、ノエルの顔がぱっと輝いた。
(絵本の読み聞かせ……こんなことすら、誰もしてあげなかったの?)
ノエルの服を寝間着に着せ替えながら、ステラは静かな怒りをこらえていた。
途中で子守の侍女がやってきたが「私が寝かしつけるから」とステラは断った。
ノエルをベッドに寝かせると、ステラは椅子に座って絵本を読み出した。
「むかし、あるところにキツネの親子がいました……」
ノエルが目をきらきらと輝かせながら聞いているのを見て、胸がつまった。
絵本を読み終わっても、ノエルは何度も「もう一度」とせがんできた。
ステラは笑顔で読み聞かせを続けた。
ようやく満足したノエルが健やかな寝息を立てるのを確認し、ステラはそっと涙をふいた。
両親を亡くし、引き取られた先の屋敷で一人寂しく生活をしているノエルを思うと、泣けてきて仕方なかった。
「ふふ。目標が増えたわ」
自立するためにと公爵家に嫁いだが、思わぬ出会いが待っていた。
血のつながらない継子。
(だから何?)
ステラに迷いはなかった。
「私があなたを守るわ。一緒に幸せになりましょう」
そっとノエルの髪に手をやり、ステラはささやいた。
(それには女主人として認められなくてはならない)
胸にふつふつと熱いものが湧き上がる。
(幸い、私には力がある。魔宝石を使える力が。すべてを使ってやってやるわ)
ステラはそっと子ども部屋を出た。
明日から、忙しくなりそうだ。
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