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第3話:冷徹公爵

 目の前の黒髪の男性がローワンだと知り、ステラは呆然とした。


(あっ、挨拶しなくては!)


 ステラはハッとし、スカートの裾をつまんで礼をした。


「お初にお目にかかります。ステラ・サムソンです。(とつ)ぎに参りました」


 ステラが結婚相手だと知っても、ローワンは眉一つ動かさず冷ややかな目を向けたままだ。


「待たせて申し訳なかった。ローワン・アトキンスです」


 ローワンは想像していたよりずっと美男だった。

 切れ長の美しい青い目、すっと通った鼻筋――どこか彫像めいた顔立ちに目が引き寄せられる。


(今まで独身だったのが不思議だわ。女性たちが放っておかないと思うけれど)


 一瞬ローワンの美貌に感嘆したものの、自分に向けられる冷え冷えとした視線にステラは辟易した。


(女嫌いというのは本当みたいね。そんなに露骨に敵意を向けなくても)


 噂どおり、ローワンはこの結婚を望んでいないのは明らかだった。

 先ほどまで胸の中で膨らんでいた希望が、しおしおと萎んでいくのを感じる。


「あの、この子は?」


 ステラはスカートの陰に隠れているノエルに目をやった。


「私の養子です」

「えっ?」

「聞いていませんでしたか? 私の兄夫婦の子で一年前に引き取りました。そちらにも伝えたはずですが……」


 ステラは愕然とした。ハリエットたちの嘲笑が目に浮かぶようだ。


(私に黙っていたのね! 子供がいると知れば断るかもしれないから!)


 ステラはうんざりとした。相変わらず義母たちは打算的で意地が悪い。

 だが、ステラはすぐに気持ちを切り替えた。


「そうなんですね。親子になるので、仲良くしたいと思います」

「必要ありません。家庭教師と子守の侍女がいますので」


 ステラは耳を疑った。一応、継母とはいえ母という立場になるのだ。


「でも、私も親になるので……」


 言いつのるステラの顔を、ローワンが無表情に見つめる。


「あなたは継子のことなど気にせず、公爵夫人として優雅に暮らせばいい」

「優雅にって……」

「あなたには何も望みません」


 突き放すような言葉に、ステラは息を呑んだ。


「何もって……そんなわけには」

「家政のことですか? これまでも執事頭や侍女頭たちと相談してこなしてきました。別にあなたの力を借りずとも屋敷は回る」


 あまりに冷ややかな言葉に、ステラは凍りついた。


「特に何か頑張っていただかなくて結構。そうですね、最低限の社交はしてもらえれば。パーティーなどには一緒に出てもらうことになるかと」


(お飾りの妻になれということ?)


 確かに王命による政略結婚だ。しかも、適当に選ばれたという話だ。


(でも、結婚するのよ? そんな最初から壁を作るような……)


 ハリエットたちの言葉が蘇る。


(王命による体裁のために結婚)

(確かに今の王は戴冠したばかりで、いろいろ問題も多いと聞く)

(もし数年で失脚すれば離婚しても問題ないわ)


 ずきん、と胸が痛んだ。


 自分も自立するために結婚の申し出を利用した。

 だが、せっかくの縁なのだ。温かい家庭を作れたらと期待もしていた。


 儚い希望は消え去り、ショックを受けて固まるステラにローワンが軽く肩をすくめた。


「まあ、その辺りは結婚誓約書をかわす時にでも詳しく。寒いですし、中に入りましょう」


 ローワンはステラの返事を待つことなく、きびすを返して屋敷に向かっていく。


(ちょっと! 私はともかく、ノエルを放っておくの!?)


 ステラは取り残されたノエルを見た。

 ノエルはじっとうつむいたまま、一言も発しない。


(甥っこで養子なのに、なんで放置するの?)


 ステラは身をかがめ、一生懸命笑顔を作った。


「ね、そろそろ夕食の時間だし、お屋敷に戻りましょう?」


 ノエルがそろそろと顔を上げる。大きな丸い青い目が不安げにステラを見る。


(本当に綺麗なサファイアのような目)


 ステラはそっと手を伸ばした。


「私、お庭が初めてで不安なの。手をつないでくれない?」


 そう言うと、ノエルが思い切ったようにきゅっと手を握り返してくれた。


(わ……!)


 小さな手の温かい感触に、ステラは自然に笑みを浮かべていた。


「ありがとう。じゃあ、行きましょう」


 ノエルの歩みに合わせ、ステラはゆっくりと歩き出した。

 屋敷に入ると、子守りらしき侍女が飛んできた。


「坊ちゃま! どこにいらしていたんですか!」


 責め立てるような口調に、ノエルがびくっとする。


「勝手にいなくなられては私が叱られるんです! さ、こちらへ!」


 ノエルがしょんぼりしたようにうつむき、ステラの手を離した。


 自分は来たばかりの継母だ。

 口を出すべきではないとわかっていたが、それでも放っておけなかった。


「この子に温かいミルクを出してあげて」


 まさかステラが言葉を発すると思わなかったのだろう。子守の侍女は驚いたように目を見開いた。


「私はステラ・サムソン。公爵夫人になるためにここに来ました」

「は、はい、ステラ様。お話は伺っております」


 怯えたように侍女が頭を下げる。


「さ、坊ちゃま行きますよ」


 ノエルが子守の侍女の方へと歩いていく。

 その何もかも諦めきった寂しそうな様子に、胸がぎゅっとした。


(何、この感覚……自分の子どもでもないのに)


 今すぐにでも子守からノエルを取り返し、温かい部屋で優しく頭を撫でてあげたい。


(出過ぎた真似よ。私はまだ正式な妻ですらない)

(結婚誓約書にもサインしていないのに)


 それでも、強く拳を握らないとノエルの元へと走ってしまいそうだった。


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