第20話:ステラの活躍
ふたりが駆け寄ったときにはもう、人だかりができていた。
「何があったんです?」
「ヨシュア様!」
当惑したように母親らしき女性が振り返ってきた。
近づくと、四歳くらいの男の子が火が付いたように泣き叫んでいる。
女性が必死で宥めているが、泣き止む様子はない。
「どうしたんですか?」
ヨシュアに尋ねられても、母親は困ったように首を振るだけだ。
「わからないんです、急に泣きながら走ってきて」
男の子はただ突っ立って泣いているだけで、大きな怪我をした様子はない。
メイドは何も見ていないと言うし、子どもたちに聞いても首を振るだけだ。
「どうしましょう」
いくら尋ねても、男の子は激しく泣くばかりだ。
「医者を呼んだほうが……」
「だが、元気そうだ。怪我も見当たらない……」
皆が困ったように顔を見合わせている。
「ねえ、何があったのクリス? どこか痛いの?」
母親の問いにも、クリスは泣き続けて答えてくれない。
そのとき、クリスの母がノエルを見た。
「あなた、さっきクリスと一緒にいたわよね? 何か知らない?」
いきなり詰め寄られ、ノエルがびくっと怯えたように体をすくめた。
「……知らない」
「本当!?」
クリスの母はまったく信じていないようでノエルを追及し始めた。
ステラは慌ててノエルをかばうように抱きしめた。
「ノエルは知らないって言っています!」
だが、母親は疑わしそうな目をノエルに向けてくる。
見かねたステラは辺りを見回した。
(誰か……何か……)
アリーシャが抱いているウサギのぬいぐるみが目に留まった。
ウサギの赤い目はルビーだ。
「アリーシャ、ちょっとウサギさんに触ってもいい?」
「うん!」
もしかしたら何か映っているかもしれない。
わずかな期待をかけて、ステラはルビーに手を触れた。
ステラの脳裏に庭を一人で歩いている男の子の姿が浮かぶ。
男の子は楽しげに、木の柵に手を触れながら歩いていた。
次の瞬間、男の子がびくっとした。
そして、泣き声を上げながら母親の元へと歩いていく。
(これってもしかして……)
ステラは泣いている男の子に近づいた。
「あの! もしかして指にトゲが刺さっているのでは?」
ステラの声に皆が驚いたように目を見張る。
「トゲ……?」
クリス母がハッとしたように、クリスの手を取った。
そして指を丹念に確認して声を上げた。
「トゲがあるわ! えっ、もしかしてこれ?」
すぐさま使用人によって持ってこられたピンセットでトゲが抜き取られた。
クリスはまだスンスンとすすり上げるが、泣き叫ぶのをやめた。
やはりトゲが原因だったらしい。
皆が安堵のため息をついた。
「ありがとうございます! ステラ様。すいません、私ったら取り乱してしまって」
申し訳なさそうなクリスの母に礼を言われ、ステラは慌てて手を振った。
「いえ無理もないです。私も子どもの時に柵を触ってトゲが刺さったことがあったので、もしかしたらと思っただけです」
「素晴らしい機転だわ」
「ほんとよかった」
皆が口々に褒め称えてくれたが、能力がバレたくないステラは気が気ではなかった。
(何にせよ、原因がわかってよかったわ)
「怖かったわね、ノエル。もう大丈夫よ」
ノエルをぎゅっと抱きしめると、安心したようにこくんとうなずいた。
しばらくしてお茶会はお開きになった。
「またぜひいらしてください」
ヨシュアの笑顔に見送られ、ステラたちは馬車に乗り込んだ。
すっかり疲れたのか、馬車に乗るなりすうすう寝ているノエルにブランケットをかける。
(楽しかったみたいでよかった……)
あんなに生き生きと駆け回るノエルを初めて見た。
改めて同年代との交流が必要だと思い知った。
(またこういう機会があればいいのだけれど)
今日はいろんな貴族の夫人と知り合えたが、まだ子ども共々招待するほどの親しさではない。
(もっと頑張らないと。まずはご婦人方と交流の機会を増やして……)
「ヨシュア殿とは親しいんですか?」
「えっ」
いろいろ画策していたステラはいきなり声をかけられハッとした。
向かいに座ったローワンがじっと見つめていた。
いつもながらの無表情だ。
「ずいぶん親しげに話していたようですから。以前からのお知り合いというわけではありませんよね?」
「ええ。お話ししたとおり、先日の魔宝石師の試験の時に初めてお会いしました」
「それだけ?」
「はい」
ローワンは黙った。
(意外……私のことなんて興味がないと思っていたけれど、二人きりで話しているところを見られていたんだ)
ヨシュアの口説き文句を思い出し、ステラはドキドキした。
(そういえば、ローワン様からは一度もそんな言葉をかけられていない)
(契約結婚だから当然だけど。こんなに近いのに遠い存在……)
ステラは無言で腕組みをしているローワンを見つめた。




