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第2話:公爵家へ

 縁談は順調にまとまり、とうとう公爵家へと旅立つ日がやってきた。


「しっかりやるのですよ。離婚しても帰る場所はありませんからね」


 最後まで嫌みったらしくハリエットに念押しされ、ステラは馬車に揺られた。

 駅から列車で三時間、そこから更に馬車で二時間かけてステラはようやく公爵家の屋敷に着いた。


「すごいお屋敷!」


 目の前に広がる領地と屋敷の立派さに、ステラは長旅の疲れが吹っ飛んだ。

 古くみすぼらしい実家の伯爵家とは比べものにならない豪奢な屋敷だ。


(さすが高名な大貴族だわ。場違いすぎて気後れしてしまう)


 整然と手入れされた庭を通ると、見上げるような立派な門が迎えてくれる。


「ようこそ、ステラ様。執事頭のクーパーです」

「侍女頭のモンゴメリです」


 広々とした玄関で、老齢の執事頭と侍女頭が丁寧に挨拶をしてくれた。


 玄関ホールには、ずらりと使用人たちが並んでいる。

 皆、神妙な面持ちで頭を下げていた。


(いったい、何十人いるの?)

(ここにいない者も数えると軽く百人を超えそう)

(規模がウチなんかと全然違うわ。しっかりしないと!)


 自分は公爵夫人になるのだ。国で三本指に入る公爵家の女主人として、屋敷を切り盛りせねばならない。

 豪華な応接室に通されたステラは背筋を正してソファに座った。


 美しい刺繍が入ったクッションにビロードのソファ。精緻な彫刻が施されたマントルピース。

 置かれた家具の素晴らしさに感嘆する。

 それと同時に重圧も感じた。


(まずは公爵家のやり方に慣れなくては)

(お屋敷を把握して、使用人も全員覚えて……それから領地について勉強して。ああ、そうだわ。社交も!)


 女主人としてなすべきことを思い浮かべるだけでくらくらする。

 家に引きこもり、ただ雑用しかしてこなかったこれまでの日々とは大違いだろう。


(いえ、まずは夫となるローワン様としっかりお話ししなくては。夫婦になるのだから)


 不安が鎌首をもたげてくる。


(噂では冷酷で女性嫌いだとか。だから今まで結婚しなかったのかしら)

(でも、せっかくのご縁だから仲良くできればいいな)


 こうして家を出て、結婚することになったのだ。

 新しい自分の家族ができるということにわくわくしてしまう。


(幸せな家庭を作りたい。そして、仕事にも邁進したい)


 このアトキンス公爵家ならば、どの願いも叶うかもしれない。

 ステラの胸に期待が満ちたとき、しずしずと侍女がお盆を手に入ってきた。

 目の前に高級そうなお茶のセットが置かれていく。


「あの、ローワン様は?」


 ステラに声をかけられた侍女がさっと目を伏せた。


「……旦那様は仕事で出かけております」


(妻が遠方から嫁いでくるというのに?)


 一瞬絶句してしまったステラだったが、すぐ思い直した。


(そうよ、お仕事があるんだから。公爵様なのよ。お忙しいに違いないわ)


「ご夕食まで、どうぞご自由におくつろぎくださいませ」


 ステラはちら、と外を見た。


「少しお庭を拝見しても?」

「はい、構いません。ですが、くれぐれも森には入られませんよう」


 ステラは立ち上がった。応接室で一人ぼっちで待つより、気持ちが紛れるだろう。

 テラスから中庭に出ると、心地のいい風がステラの髪を揺らせる。


「わあ」


 整えられた美しい庭がどこまでも広がっていた。

 剪定された木々や灌木たちを見ると、細部まで手入れが行き届いているのがわかる。


(素敵。ここを毎日散歩するのは楽しそう)


 ステラは灌木の合間にある小道を進んだ。歩いても歩いても灌木の道は途切れない。


(すごいわ、なんて広さなの。お庭も全部覚えなくちゃ。森番もいるのでしょうけど)


 誰に頼らずとも生きていけるようになりたい。

 初めて歩く道を踏みしめながら、ステラはそう強く願った。


「あら」


 茂みの向こうで何かが動いたかと思うと、可愛らしい男の子の顔がちょこんとのぞいた。

 サラサラの黒髪をした四、五歳くらいの子で、見るからに上等な服を着ている。


(誰かしら……使用人の子でないのは明らかね)


「こんにちは」


 ステラが声をかけると、男の子がびくっと肩を上げた。

 逡巡する様子を見せながら、おずおずと茂みの陰から出てくる。


(わあ、綺麗な青い目。お人形さんみたい)


 男の子の端正な顔立ちに驚きながら、ステラはゆっくりと近づいた。


 目の前に来ると、視線を合わせるためにステラはしゃがんだ。

 寒いのか、男の子のふくふくの白い頬が少し赤く染まっている。


「私はステラ。あなたは?」

「……ノエル」


 男の子が素直に名乗ってくれてステラはホッとした。


「ノエルは一人なの? お母様は?」


 尋ねると、ノエルが首をぶんぶんと横に振った。


(迷子かしら。侍女もいないし、こんな小さな子が庭に一人だなんて危ないわ)


 手を伸ばすと、ノエルは明らかに怯えた表情になった。


「怖がらないで。私、ここにお嫁に来たの。ローワン様の妻になるのよ」

「……」

「きみはどこの子なのかな?」


 ノエルはうつむいたまま服の裾をぎゅっと握った。


(怖がらせちゃったかしら)


 ステラはそっと立ち上がった。


「もうすぐ日が暮れるから、私と一緒に屋敷に戻りましょう」


 そう言ってみたが、ノエルはぶんぶんと首を横に振る。


「帰りたくないの?」


 ノエルはもじもじとして何も答えてくれない。


「何をしている」


 背後から声がし、ステラはハッとした。

 振り向くと、背の高い男性が歩み寄ってくるのが見えた。


「誰ですか!?」


 ステラはさっとノエルをかばうように前に出た。

 長身の男性は黒髪で、鋭い青い目をしている。


 凄まじい威圧感に負けないよう、ステラはキッと男性をにらんだ。


「この屋敷の主人だが」


 スーツを着た男性の言葉に、ステラは目を見開いた。


「えっ……ローワン様!?」

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