第10話:ステラの力
鉱山内は危険とのことで、入り口付近だけをさっと見学するにとどまった。
だが、それだけでも得られたものがある。
(あまり空気がよくなかったわ)
行き来する抗夫たちの覇気のない様子が気にかかった。
事務所に戻ってきたステラは改めてヒンギスとクインに向き合った。
「原石を掘り出して、その中から魔宝石をより分けるとのことだけれど、最近あまり魔宝石が取れていないみたいね」
「はい……もともと稀少なものですし、魔宝石師もおりませんので取り出した鉱石はすべて外部に卸しております」
「では、その中に魔宝石があっても見逃すことがあるということ?」
クインが苦渋に満ちた表情になる。
「一応鑑定にはかけていますが、残念ながら見落としているケースも否定できません。ローワン様がそれで構わないとおっしゃっているので」
(領地で最大の事業なのに、やっぱり放置している。なぜなのかしら)
考えれば考えるほど謎だ。
ステラはちらっとヒンギスを見た。
ヒンギスは落ち着かない様子でそわそわしている。
「大変な仕事よね。何か改善してほしいことはあるかしら?」
できるだけにこやかに言ったつもりだったが、ヒンギスが怯んだ様子で体を引く。
「いえ、大丈夫です。奥様」
「そう。何かあったら言ってね。できるだけのことはさせてもらうわ」
(昨日今日来たばかりの公爵夫人に胸襟を開くわけないか)
ステラは事務室に飾られている宝石見本に目をやった。
(何かわかるかしら)
「仕事中に案内してくれてありがとう」
「いえ。何なりとおっしゃってください。失礼します」
クインとヒンギスが事務室を出ると、ステラは宝石見本に近づいた。
そっと右手の人差し指で宝石に触れる。
一気に宝石の記憶が頭に雪崩れ込んできた。
事務室の休憩所でくつろいでいる抗夫たちの姿が脳裏に浮かぶ。
<今日もきつかったな!>
<ああ。これであの給金なんだから、やってられないよな>
<まあでも、この辺りじゃ稼げるほうだよ>
抗夫たちは口々に不満を言いながら食事を取っていた。
(やっぱり給金が一番不満が出るわよね)
(そういえば、抗夫への給金ってどうなっているのかしら。ずっと据え置きとか?)
<最近、魔宝石が全然出なくなったな>
<だからって、これ以上地下に降りていくのもなあ>
<ああ。危険だし、儲かるのは領主様たちだけだろ>
抗夫たちの間で乾いた笑いが起きる。
(そうか……魔宝石が最近全然見つかっていないのはそういうこと)
「ステラ様? どうかなさいましたか?」
宝石見本の前でじっと立っているステラにケンドリックが声をかけてくる。
「いえ、何でもないの。じゃあ、行きましょうか」
ノエルを連れて馬車に乗り込むと、ステラは車窓から鉱山を見つめた。
(事業報告書を裏付けるような活気のない現場だったわ)
(さっそく手を打ちたいけれど、今の私が口を出しても通らない)
改善案はあったが、それには資金が必要だ。
ステラははあっとため息をついた。
己の無力さを痛感するばかりだ。
(まず私が魔宝石の力をどれほど使えるか検証しなくては)
(そして、とにもかくにもローワン様の許可が必要)
冷ややかなローワンと交渉しなくてはならないことがたくさんある。
(焦らず一歩ずつ進めよう)
ステラは気を取り直し、外の景色を夢中で見ているノエルに声をかけた。
「ノエル、大丈夫? 疲れてない?」
「……町に寄る?」
ノエルが伺うように見てくる。
その可愛い様子にステラは思わず微笑んでしまった。
「そうね、寄りましょう! カフェに行くのもいいわね。何かほしいものはある?」
ノエルがもじもじする。
「新しい本がほしいです」
「いいわね! 私もちょうど欲しい本があるのよ。書店にも行きましょう」
そう言うと、ノエルの顔がぱっと輝いた。
嬉しさを隠さないノエルは愛らしく、ステラは思わずぎゅっと抱きしめた。
ノエルの柔らく温かい体からはふんわりと甘い匂いがする。
(こうやってノエルに何か買ってあげられる生活、最高……)
(ローワン様、お小遣いをありがとうございます)
ステラは感謝の気持ちでいっぱいになった。
大変なことは承知の上だったし、自分の今の境遇が恵まれているのは間違いない。
(いちいち許可を取るのが面倒だなんて思ったらバチが当たるわね)
ステラは御者席にいるケンドリックに、町に寄るよう声をかけた。




