第1話:思わぬ縁談
「ふふ、いいでしょう?」
バーバラが虹色にキラキラと光る宝石のついた指輪を自慢げに見せてくる。
優越感たっぷりのポーズに、ステラはうんざりとした。
二つ年下の義妹は、なぜか出会った時から優位に立ちたがる。
「オーガスト様にいただいたの!」
「そう」
興味がないとあからさまにわかる素っ気ない言葉を発してみたが、バーバラは気にした様子もない。
オーガストはバーバラが今、結婚を前提にお付き合いをしている男爵家の次男だ。
「私ももう二十歳。そろそろ婚約でもしないと肩身が狭いわ。ね、お義姉様?」
バーバラが嫌みたっぷりに言ってくるのを、ステラは無表情に聞き流した。
ステラの反応が芳しくなかったせいか、バーバラが苛立ったように自慢の金髪をかきあげた。
「ほら、すごいダイヤでしょう!?」
バーバラが手を派手に振った。
ダイヤの輝きをあらゆる角度から見せたかったようだが、サイズが合っていなかったのか指輪はすっぽ抜けてステラの足下に転がってきた。
「やだ! 傷がついちゃう!」
バーバラが派手な悲鳴が上げた。
それでもステラの足下に這いつくばるのはプライドが許さないようで、恨めしげに見つめてくる。
(はいはい、拾えばいいのね)
ステラはため息をつく代わりに、体をかがめて指輪を拾い上げた。
「……っ!」
指輪についたダイヤに、右手の指が触れる。
その瞬間、ステラの頭の中に映像が広がった。
栗色の髪をしたニヤケ顔の若い男性がこちらを見ている。
(これがおそらくオーガスト様ね)
ステラはバーバラに指輪を手渡した。
(能力を使うつもりじゃなかったのに……!)
ステラの右手の人差し指には母の形見の指輪がつけてある。
特別な魔力が込められた『魔宝石』のついた指輪だ。
この魔宝石の指輪をつけた手で触れると、ステラは宝石の記憶が読める。
ちなみにステラのこの力については、亡き母しか知らない。
利用される恐れがあるため、秘密にしているからだ。
美しいダイヤが見せる記憶のおぞましさに、ステラは眉をしかめた。
オーガストには他にも付き合っている女性がいるようだ。
黒髪の美女に指輪を贈ろうとしたが、「こんな安物いらないわ」と突き返されている。
困ったオーガストは、不要になった指輪をバーバラに贈ったのだろう。
(不実な人。だから指輪のサイズが合っていなかったのね)
二股をかけているようだが、どちらかと言えば黒髪の美女の方が本命のようだ。
(本当にバーバラと結婚する気があるのかしら)
何も知らないバーバラは指輪を付け直すと、自慢げに鼻の穴を膨らませてこちらを見ている。
ステラは「彼はやめておいた方がいい」という言葉を飲み込んだ。
どうせ、やっかみだと思われるだけだ。バーバラももう二十歳。自分のことは自分で責任が取れる年だ。
「そうそう、またドレスを注文しておいたから、支払いの手続きをしておいてちょうだい!」
ステラはまたもやため息を飲み込んだ。
伯爵である父が病で逝去したあと、後妻のハリエットと連れ子のバーバラはこれ幸いと財産を食い潰している。
本来ならステラが婿を取って伯爵家を継ぐのが筋だが、ステラがまだ若かったのをいいことに、義母たちが伯爵家を仕切りだしたのだ。
ステラには家の雑務を押しつけ、自分たちは働きもせずに領地も家令に任せっきりで家は傾きだしている。
かといってステラが何かしようものなら、あらゆる手を使って邪魔をしてくる始末。
(うんざりだわ……)
本当は一刻も早くこんな家を出ていきたかった。
だが、よほど高い教育を受けていたり特別な能力があれば別だが、独身のまま自活できる女性は稀だ。
貴族の令嬢が堂々と家を出るには結婚しかない。
ステラも腹をくくって結婚を考えたこともあったが、ステラを嫌っている義母はろくな縁談を持ってこなかった。
だから、義母のハリエットから縁談があると呼ばれたときも、期待していなかった。
「ステラです。入ります」
ノックをしてドアを開けると、義母の部屋にはバーバラも待機していた。
どちらもわくわくした表情を隠さない。
「ステラ、おまえも二十二歳。そろそろ嫁いでもらわないとね」
「えり好みばかりしていたら、いき遅れるわよ!」
ステラは嘲笑を無視した。心に壁を作るのは慣れている。
「それで縁談というのは?」
「素晴らしい条件よ。これを断るなら、もう縁談を持ってこられないかもしれないわ」
仰々しい言葉で脅されながら、書類を渡される。
「なんと、公爵様との縁談よ! 玉の輿ね!」
バーバラがニヤニヤ笑う。その理由は書類を見ればすぐわかった。
「ああ。ローワン・アトキンス公爵……」
めっきり社交界から遠ざかっているステラですら、すぐに思い浮かぶ有名人だ。
曰く、冷徹な変わり者。目立つ長身と美しい容貌、財力と地位を持ちながら、なぜか二十五歳の今も独身を貫いている。
極度の女嫌いとの噂で、冷ややかで剣呑な言動に近づこうとする女性たちも震え上がるという。
「なぜローワン様が私と?」
「王からのご命令らしいの。公爵なのだから、そろそろ妻を迎えるように、と」
バーバラがクスクス笑う。
「で、どうなさったと思う? 適齢期の令嬢の書類の中から適当に引き当てて、『この人でいいです』って! それがお義姉様!」
「……」
「公爵様は王の顔を立てるため、形だけの結婚を受け入れるともっぱらの噂よ。きっと数年で離婚されるわね」
「いっておきますが、ステラ。離婚しても実家に戻れるなどと思わないでね。一度家を出たのだから、ちゃんと再婚するなり、自活するなりしてもらわないと」
ハリエットが楽しげに微笑む。
(つまり、体のいい厄介払いというわけね)
ずいぶんと人を馬鹿にした縁談だ。ステラは心が冷え冷えとするのを感じた。
だが、渡りに舟でもあった。
(ローワン様の領地は宝石の産地として有名。もちろん、魔宝石も取れる)
ステラはずっと魔宝石に関する仕事に就きたかった。
唯一と言っていい自分の才能。それは魔宝石を使えること。だが、これまで形見の指輪以外使ったことがない。
(自分の力が通用するかずっと試したかった)
(このまま家にいても、ただくすぶっているだけ。自立するチャンスかもしれない!)
「私、この縁談をお受けします」
ステラの言葉に、一瞬義母たちが呆気にとられる。またもや断ると思っていたのだろう。
「そう! ではすぐ連絡するわ」
ハリエットの顔が輝いている。ようやく目障りな継子を追い出せるのだと意気揚々だ。
ステラは一礼すると部屋を出た。
(私、結婚するんだ! とうとうこの家から出られる!)
急に実感がわいたのか、胸がドキドキしてきた。
ステラは廊下の窓から外を見た。
「アトキンス公爵領はここからずっと東の方向よね」
視線の先に新天地があるという事実に、自分が結婚するのだと強く感じた。
「自分の家族ができるんだ……」
一生を共にする夫。そして、いつかは子どもも生まれるかもしれない。
「絶対に幸せにしたいわ。寂しい思いをさせない。私みたいな……」
ぽつんと一人で食べる食事や、義家族からの冷ややかな言動を思い出した。
窓ガラスに映る自分の寂しげな顔にハッとする。両親亡き後の自分の孤独な姿が重なった。
(誰にもあんな思いをさせたくない)
「ローワン様と仲良くできたらいいなあ」
新しい生活に胸が躍る。ステラは足取りも軽く廊下を進んだ。




