逆回転トリクルダウン
経済学にはトリクルダウン理論というものがある。
上から下へと富が流れ落ちていく、という考え方だ。つまり、金持ちが豊かになることで、貧乏人も恩恵を受けるという理論である。
富裕層の消費が増えれば、企業の売り上げが増え、雇用が増える。雇用が増えれば、貧乏人も豊かになる、という考え方であり、アメリカのレーガン政権やイギリスのサッチャー政権で採用された。そして日本でも採用されている。
果たして、計量経済学的にトリクルダウン理論の正当性は証明されているのだろうか?
トリクルダウン理論は、ワイングラスでタワーを作って、一番上のグラスにワインを注ぐという喩えがされている。一番上のワイングラスがいっぱいになり、次のグラスへと溢れていく、二番目のグラスがいっぱいになれば、三番目のグラスにという物理現象を説明することになるが、果たして経済的に同じことが起こるのか? というと疑問である。
第一に、お金は流体ではない。お金は貯めることができるが、流れ落ちるわけではない。ワイングラスの上にお金が注がれたら、そのまま積み重なってしまうではないだろうか。お札ならばなおさらだ。慎重に積み重ねていけば、ほぼ無限に...とは言わないけれど100万円の束が10個ぐらいは積み重ねることができるだろう。つまり、上から下へは零れ落ちないのである。トップのワイングラスの上にしか札束はのっからない。証明おわり。
いや、お金というものは、札束だけとは限らない。コインの場合もあるだろう。コインをグラスの上に重ねて行ったら、札束と同じように無限に...とはいかないので、ちょっとずつ重ねることになるのだが、札束ほどたくさん重ねることはできない。厚みがあるし、コインはそこそこ重たい。それに、1万円だったら1万円札1枚で済むところだが、500円硬貨だったら20枚も重ねなければならない。つまり、コインを重ねるのは非効率なのである。そうすると、コインが崩れるわけだ。上から零れ落ちたコインはどうなるかというと、下のグラスに落ちる、けれども落下速度が大きくて、コインがグラスを割ってしまう。二番目のグラスが割れると、三番目のグラスに割れたグラスの破片が落ちてくるのだ。たまに500円玉が落ちてくるかもしれないけど、グラスの破片の方が多い。三番目のグラスは、割れた破片でいっぱいだ。けれども、四番目のグラスやその下のグラスには影響がない。そうだ、助かった。二番目のグラスは壊れてしまったが、三番目がうまく受けて止めてくれるのだ。そう、二番目の富裕層が破産しても、三番目の経営者が被害を被って赤字になるだけで、四番目には影響がないのだ。従業員であるし、さっさと転職活動をするほうがよい。まして、底辺にあるグラスになって全く影響がない。二番目の富裕層の破産具合を新聞かテレビで見て笑うぐらいの話で「ああ、俺なんて、そんなの関係ないからな」と思うか思わないかで終わってしまう出来事だ。つまり、底辺のグラスには何も影響がないのである。証明終わり。
待て待て、富と言ったって、札束やコインというわけではないだろう。そう、金だ。砂金があるじゃないか。金の値段は膨大だ。安定している。何で安定しているのかわからないけど、貴重だからだ。貴重な金の粒をトップのグラスに注いでいこう。あ、砂金はまるでワインを注ぐように一番上にあるグラスを満たしていくわけだ。まるで、トップの富裕層がお金をためていくようにグラスに砂金をためていくだろう。でも、もうちょっと、もうちょっとと富裕層は欲しがるわけだ。ちょうどいいところで止まる訳がない。欲は無限だ。無限に欲がわいてくるので、もっともっとと砂金を欲しがるわけだ。そうすると、ほれほれほれほれと、政府から砂金が注がれていくわけだよ。どこから、そんなにたくさんの砂金があったのか知らないが、懐から出してくるはずだ。たまには金庫の機密費から出してくるかもしれない。ひょとした、党員をかき集めるときに使った裏金かもしれない。裏金だったか、大根のおろし金だったか知らないが、とにかく砂金が注がれるわけだ。ほら、もうちょっとでグラスを満たせるぞ。グラスを満たしたら山型に砂金を積み上げるのだ。さらさらと流れる砂金は、ちょうど粒粒の間に粒がはさまってうまい具合に、こんもりとした山をグラスの上に作るわけだが、そこで、事件が起こる。金の比重は高くてだな、水の19.3倍ぐらいの重さがあるわけで、グラス一杯が200グラムだとすると、まあ、概算で4キログラムぐらいだな。ああ、トップにあったグラスに4キロのものがのっかってみたらどうだ。ほら、どんががっしゃーんと崩れてしまうのだ。ああ、二番目も三番目も、床に落ちてしまった。四番目も底辺の全てのグラスが煽りを喰って、そこら中に散らばってしまう。当然いちばん上のグラスも割れてしまって、4キロもの砂金があたりに飛び散る訳さ。到底、成功とはいえない。大失敗だ。証明終わり。
まてよ、ここまで、札束、コイン、砂金とやってきたがどれも失敗じゃないか。だからといってトリクルダウンが駄目というわけでもなかろう。エライ学者様がお題目を唱えてなむなむして作っているのだし、エライ政治家様が南無南無のお題目を大事に抱えて心血注いで、いや、心血は注がないのだけど、額に汗かいている振りをして、注いでいる訳だから、ちょっとぐらい真実が混じっても不思議ではなかろう。
そうだ、仮想通貨だ。仮想通貨ならば、どうだろう。トップにあるグラスに仮想通貨を注ぐわけだ。仮想通貨はいいぞ。なんといったって、仮想だからどれだけ注いでも大丈夫。どんどんどんどん注いでも、グラスは一杯にならない。いや、いっぱいになるかどうかも分からない。なんといったって仮想だし電子データだからな。NFT とかと一緒だし、セブンペイのように七日間で消えてしまうようなキャッシュレス決済のようなものだ。そう、仮想通貨ならばグラスを割ることもないし。重さもない。ただただ、通帳に重なる数字を眺めているだけでいい。時にはチャートを駆け上がったり、時にはチャートを駆け下りたりするジェットコースターのようだ。凄いぞ。心臓がばくばくして、心拍数が二倍に跳ね上がりそうだ。二倍に跳ね上がったときは、当然、仮想通貨のチャートは地を這うようにどーんと下がっているのだから、まったくもって反比例の関係だ。つまりは、仮想通貨のチャートがどーんと上がれば、心拍数は 1/2 になるのだ。さらにドーンと上がれば、1/4 になりそうだな。あまりに上がり過ぎると心臓が止まってしまって、死んでしまうので程よく止まってほしいところだが、そんなに簡単に上がることはない。まあ、下がってしまってゼロになる仮想通貨もあるわけで、まだしもジンバブエドルとか将来的なルーブルみたいになるかもしれず。ああ、ルーブルはいまのところ大丈夫だから、ほら、明るくなっただろう、と燃やしてしまうとちょっともったいないから待ちたまえ。いや、仮想通貨だから燃やすことはできないんだがな。仮想の光に幸あれ。でもって、トップに置いてあるグラスに仮想通貨が注ぎ込まれるわけだが、二番目に仮想通貨が落ちてくるかというと、果たして、目で見ただけでは分からんのだ。つまりは、1/2 の確率で落ちてくるか落ちてこないかの現象がでてきてくる。更に三番目では 1/4 の確率になる。四番目では 1/8 ということだ。さて、日本の人口を1億人とするとグラスを何段にすれば、仮想通貨が落ちてくる人が一人になるでしょうか? と数学的な問題を出したとしても、紙で計算する人は稀だろう。いや、紙を使う人が稀だな。ちょっと関数電卓を使えば計算ができるのでやってみると...つまりは、27段だ。n = log_2( 1億 ) を計算すればいいわけだな。で、目の前のグラスを数えてみると、ああ、27段もない。つまり、仮想通貨が落ちてくる人は一人以上はいるわけだな。まあ、宝くじに当たるぐらいの確率だろうということは確かなことだ。宝くじと同じで、宝くじを買わなければ当たるか率はゼロだ。で、仮想通貨は注がれたかというと、いやいや、そんな話は聞かないので、つまりは宝くじを買っていないのだ。そう、誰も宝くじを買っていなかったのだ。証明終わり。
さて、トリクルダウン理論のいろいろなパターンを考えていたわけだが、あともうひとつ考えたところで終わりにしよう。つまりは、株だ。株を配ってみるのはどうだろうか。トップのグラスに株を植える。そう、株だな。株は太陽の光でどんどんと育っていく筈だ。株が育つとどうなるだろうか。根っこがでるな。根っこが広がって下にある二番目ぐらすに達するわけだ。株は根菜類で、大根のように深くに伸びていく。株が二番目のグラスに根を伸ばしたら、再び株ができるだろう。そして太陽の光で株が大きくなるのだ。大きな株みたいなものだな。猫や犬を使って株を引っこ抜くおじいさんも出てくるかもしれないが、そこはさておき、二番目のグラスに満杯になるように株が育ったときにはどうなる?、そう、三番目のグラスにも株が広がる。同じように、三番目のグラスから四番目のグラスへと株が広がるわけだ。誰しもが株を持つ状態になる。まるで NISA のようじゃないか。NISAとは、「少額投資非課税制度」のことで、投資によって得られる利益に税金がかからないという、日本政府が導入した個人向けの優遇制度です...とかいう宣伝文句はさておき、問題は、最底辺のグラスにも株が浸透するかどうかだ。いままでの例だと、札束が廻って来なかったり、コインでグラスが割れてしまったり、砂金が散らばったりしてしまった訳だが、今回の株ではどうだろうか。そう、大丈夫なのだ。最底辺のひとつの株が育ったら、さらに下へ根を伸ばしていく。最底辺のグラスにも根が張り、大きくなり、株は育っていく。まんまるとした株、非常においしそうじゃないか。株はそのまま薄くして漬物にしてもいいし、株煮にしたっていい。そうだ、株の煮物、洋風スープ、浅漬け、甘酢漬け、グリル焼き、株の葉炒めなどなど、蒸すから炒めるまで和洋風となんでもござれだ。これだとうまくいくんじゃないか。今度こそ、株こそがトリクルダウン理論の本筋じゃないだろうか。
そこに、政府のお偉いさんがやってくるのであった。カイゼル髭をつけた明治風のシルクハットをして、一番上の株を掴む。株同士は根っこで繋がっている。そう、一番上の株を引っこ抜くと、二番目の、三番目の、四番目の、と続いて、最底辺の株までも、芋づる式に、いや株づる式にまるごと収穫されるのであった。ああ、これこそ政府のお株。
【完】




