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孤烏

 魔素発生器(リアクター)の発する低いノイズが薄暗い研究施設に響いていた。烏森伝馬は無造作に黒髪を掻き分けながらホロディスプレイに噛り付く。小さく息を呑み込み、緊張した手つきで伝馬が思念コードのコマンドを入力すると……分厚いガラスの実験器具が煌々と青白く輝きだした。

 真空瓶に閉じ込められた魔素(エーテル)……現象(フェノメノン)物質(マテリアル)の中間的な性質を持つこの気難しい要素は、都市一つの電力を補うことさえ可能な反面、大量破壊兵器となりうる危険性も秘めている。

 伝馬が慎重に慎重を重ねて制御コードを重ねることで輝きが柔らかくなり、ディスプレイに表示される波形が徐々に安定へと向かう。

「……よし、完璧だ」

 伝馬は思い通りに反応した結果を見て安堵の息を吐きながら満足げに笑う。そこに、偶然廊下を通りかかった学生が伝馬の様子に気づいたのか、窓を開けながら楽しそうに笑いかけてきた。

「よう烏森! また、すげえことやってるな……?」

「ああ。見ての通り、ようやく軌道に乗り始めたところだ」

「そうか……期待してるぜ。何か手伝えることがあったら言ってくれよな!」

「おうよ、まあ期待して結果が出るのを待ってな!」

 伝馬は名前も覚えていない学生にさわやかな笑顔で手を振り返す。

 どうせこいつもいざとなったら役に立たずに俺を見捨てるのだから、他人の名前なんて覚えるだけ意味がない。

 観客達の冷たい視線。俺と視線を合わせようとすらしない仲間が申し訳なさそうに俯く力ない姿。

 高校最後の研究発表大会で、助けを求める俺を見捨てた裏切り者のことを振り切りながら、伝馬は動揺を気取られないように、笑顔の仮面で黒い感情を覆い隠した。

 同時期に入学した無名の彼らが自分を希望の星としてみていることを伝馬は感じとっていた。自分たち凡人には達成できない大きな何かを烏森伝馬は成し遂げるのだと。そして伝馬自身もそう見えるように振る舞っている自覚はあった。

 将来を見越して今のうちに唾でも付けておこうと考える。あるいは自身の課題を手伝ってもらう駒として利用できないかと考える。そのために適当にごまをすって近づこうとする……伝馬は、そんな浅はかな考えが透けて見えてしまう彼らを内心で見下していた。

 そんな学生は室内の壁掛け時計を見て何かを思いだしたように慌てだし「じゃあな」と言い残して立ち去ろうとする。

「おい、そんなに急いでどうしたんだ?」

「烏森、聞いてないのか? 長畝揚羽がまた研究発表をやるらしいぞ!」

「長畝……?」

「お前、長畝揚羽も知らねえのかよ……っと、いけねえ。早く行かないと席が埋まっちまう! それじゃまたな。何か面白いことやるときゃ教えてくれよ!」

 それだけ言い残して学生は慌てて廊下を走り去り、独り残された伝馬は好奇心と不快感の混ざった複雑な感情で息を吐き出しながら、学生が落とした発表チラシを拾い上げた。

「長畝、揚羽ねぇ……」

 伝馬は開けたままにされた窓を閉ざし、励起状態にあった魔素に停止信号を流しながら発表内容を流し見る。

「『魔力制御による次世代エネルギー開発』……魔素によって生み出される魔力(エネルギー)の研究か、なるほどね」

 研究者の情報を見ると、どうやら伝馬と同い年、同じ学年でもある彼女は、偶然にも『魔素の制御』という研究分野まで類似しているようだ。

 伝馬は魔素の反応が完全に停止するのを確認してから装置の電源を落とし、発表が行われるという大講堂へ向かうべく白衣をハンガーに掛けて研究室を出た。


 人目を避けながら廊下を進み講堂に近づくと、肌が焼けそうな程の熱気が噴き出していた。

 既に前から半分ほどの席は学生や教授で埋まり、壇上から遠い後方席しか残っていない有様だ。

 伝馬は目立たないように最後列の最外端に腕を組みながら腰を下ろし、楽しそうに実験と発表の準備をする少女達を見下ろした。

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