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ブルガリとうさちゃんとブルーグリーン

作者: のい

好きかなんて教えてあげない! https://ncode.syosetu.com/n3008jv/ の後日談的なバレンタイン小話。

 両片想いが晴れて両想いになって半年、わたし達は初のバレンタインを迎える……はずだった。

「なぁ、ヒカリ。今年は何くれるんだ。バレンタイン」

「去年まであげた覚えないんだけど」

 さっきまでニヤニヤしていた顔が瞬く間に青ざめていく。

「じゃあ去年ポストに入ってたブルガリのチョコは……」

「わたしからな訳ないでしょう。そんなお金ないよ」

「嘘だ! 他に貰うような覚えがない」

 覚えがないと言うけれど、彼は色んな女の子に対して距離が近過ぎる。クリスマスデートのときですら、しれっと店員さんを口説いていた。

 そんな感じだから誤解を招いて本命らしきチョコレートを抱えきれないくらい貰っていたのも知っている。わたしはその様子を横目に見て、チョコを渡し損ねていた。渡すはずのチョコを独り食べる夜は淋しかった。

 でも、わたしが手が出せないような高級ブランドをプレゼントするような人はさすがに知らない。

「ヒカリ、拗ねるなって。ブルガリはまだ冷凍庫の中だ!」

「その方が悪いよ」

 仮にわたしからだと思い込んでいたとして、どうして冷凍するのか。

 あーあ、何を贈ろうか考えてたのがバカみたい。彼は焦りを隠さずに続ける。

「ヒカリからじゃないならブルガリは捨てるから」

「捨てるのはもったいないよ」

 自分でも何を言ってるのか分からない。どうして欲しいのか分からない。

「なら、ヒカリが食べるか?」

「何でそうなるの! ……高級チョコは食べてみたいけど、でも、わたしが食べるのは違う気がする!」

「じゃあ、どうすればいいんだ? 捨てるにはもったいない、かといって食べるのは違うっていうと、他に方法が思い浮かばんぞ」

 彼が思い浮かばないように、わたしも思い浮かばない。二人してしばらく首を傾げていた。

「ヒカリ……解凍して一緒に食おう。ブルガリ」

 レンジでチンしたら全部溶けちゃったけど。

「うまいか? ブルガリ」

「よくわからない……これ、何味なの?」

「レンチンし過ぎたな」

 それから、彼は家のポストに「ブルガリその他、バレンタインプレゼント投入禁止」と書いた紙を貼った。彼は貼紙を水平垂直に貼ったあと、満足げに言った。

「これで大丈夫だな。ところで、ヒカリは何をくれるんだ」

 ニヤついた目でこっちを見ないで欲しい。

「あげないよ。さっきチョコ食べたでしょう」

「確かに食べたが、それは謎の誰かからで、しかも去年の分だ。今年は、ヒカリからはまだ貰ってない」

 だから寄越せと手のひらを差し出される。でも、何も用意してない。

「今何もないから今度ね」

 今度って何日後かと具体的な約束を取り決めようとする彼を置き去りにして帰った。だって、まだ何にも考えてない。

 市販のチョコにするか、手作りか。あるいはチョコ以外か。選択肢は無限にある。

 いっそ、わたし自身をプレゼント……ないない! それは有り得ない。そんな自信なんてない。

「プレゼントどうしよう……」

 部屋で独りごちる。やっぱりぬいぐるみのうさちゃんは答えてくれない。答えてくれたらいいのに。

 そう思いながらうさちゃんを抱いて眠りにつくと、夢を見た。

「ヒカリちゃん、ヒカリちゃん」

 ふわふわな可愛い声で呼ばれて辺りを見渡す。少し離れたところにうさちゃんが立っていた。

「うさちゃん! どうして立てるし喋れるの?」

「それはひみつ。今からチョコレートのお城に行こ?」

 うさちゃんはふわふわなお手々を差し出した。わたしはうさちゃんと手を繋ぐ。すると、身体が宙に浮いた。

「わぁ、わたし、空飛んでる」

「チョコレートのお城は雲の上だから、飛んで行かないと行けないんだよ」

 うさちゃんの言うとおり、雲の上に茶色のお城が見えてきた。

「あれがチョコレートのお城?」

「今見えているのはね、お城を囲う壁だよ。お城はもっと先にあるの」

 うさちゃんが雲の上でひと跳ねすると、もっと大きくて立派なホワイトチョコレートのお城が見えた。ホワイトチョコレートのお城には銀色のアラザンが散りばめられていてきらきらしている。

「素敵だね。お城の中に入ってみたいんだけど、入れるかな?」

 わたしがそういうとうさちゃんは首を横に振った。

「ごめんね。外から見せてあげるしか出来ないんだ」

「どうして? ひとが入ると溶けちゃうの?」

「ううん。違う。パワーが足りないからヒカリちゃんを連れてこられるのがお城の外までって決まってるんだ……」

 うさちゃんはしょんぼりと耳を垂らす。

「そっかー、ここまで連れてきてくれてありがとう。うさちゃん」

 うさちゃんのふわふわの頭を撫でる。するとうさちゃんの耳が立った。元気になったのかも。そう思うと同時に目が覚めた。

「うさちゃん、ありがとう」

 やっぱりうさちゃんは何も答えてくれない。でも、夢を見たお陰で心が軽くなった。今日、帰りにデパート行って、とびっきりのチョコを買おう。


 バレンタインの頃のデパートは、華やかだけど熱気がすごい。みんな押し合いへし合いになっている。情報バラエティ番組の中継で見たとおりだ。

 あちらこちらのブースでサインを書いている人がいる。有名なパティシエやショコラティエの人だ。

 どこのお店のチョコレートなら彼が喜ぶかな? 悩んでしまう。どこのお店のチョコレートも素敵。そしてお値段が高い。

 最近チョコレートが値上がりしたって聞いたけど、本当だった。わたしのバイト代では手が出せないチョコレートがいっぱいで怯んでしまう。

 でも、本当は知ってる。彼はわたしからの贈り物なら何でもいいんだと思う。たとえコンビニで買ったブラックサンダーひとつでもいい。だから、本当はこんなに頑張らなくたっていい。それでも頑張りたいのは、彼が好きだから。


 デパートを出ると外はもう夜になっていた。寒いな。どこかカフェにでも……って、あれ? どうして?

「ヒカリ、遅かったな」

 彼はデパートのライオンのたてがみを撫でていた。待ち合わせしていないのに、待ち合わせしていたような自然さで居る。

「どうしてここにいるの!」

「チョコを買うの分かってるんだからここで待ってりゃ会えるだろ」

 そんな単純じゃない。デパートの出入りは複数ある。地上も、地下にも。なのに彼はピンポイントで当てた。

「ヒカリはこのライオン撫でるの好きだからな」

「……どうして知ってるの」

「そりゃあ彼氏だからなぁ。ほら、観念してチョコくれよ」

 彼はひょいひょいと指を手前に動かす。

「……やだ」

「何で? 俺に買ってきてくれたんだろ、チョコ」

「そうだけど、やっぱりそうじゃない! 自分で食べる!」

 恥ずかしいのと見抜かれて悔しいのが入り混じってぐちゃぐちゃだ。

「やっと両思いになったのに」

 そんな風に言われると言い返す言葉に困ってしまう。

「じゃあ、俺もヒカリに渡すつもりで用意けど渡すの諦めるか」

 彼のバッグの中には鮮やかなブルーグリーンが見える。

「うぅ、気になる……っ」

「だったら、チョコをくれ」

 仕方なくチョコレートの紙袋を差し出す。

「へぇ、輪切りのオランジェットショコラか。いいな。酒に合いそう」

 彼はそう言って封を開けようとする。

「待って! 今ここで食べるつもりなの?」

「当たり前だろ。ヒカリがくれて嬉しいから今ここで食べる」

「だめ! 家に帰ってからにして」

「じゃあ、俺からのプレゼントも家に帰ってから渡すか」

 どうしてそうなるか分からない。分からないまま彼の家に連れ去られた。彼の家のポストに貼った「ブルガリその他、バレンタインプレゼント投入禁止」は剥がれていて、ポストにはまたブルガリのチョコが入っている。

「またかよ。誰からだ? もう食わんぞ」

 そう言ってブルガリをポストから取り出すと、紙切れが足元に落ちた。

「何か落ちたよ」

「どうせ要らんチラシだろ。悪いけどチラシ用ゴミ箱に捨ててくれ」

 拾い上げる。紙切れは力士柄のメモ用紙。そこには勘亭流みたいな筆文字で「また好きな女の子からチョコが貰えない哀れな息子へ。今年もブルガリを与えてやるので、感謝したまえ。母より」と書かれていた。

「捨てちゃだめ! ブルガリ、お母さんからだって!」

 メモを渡すと彼はメモをぐちゃぐちゃに握り締め、しわしわピカチュウみたいに顔をしかめた。

「犯人、母かよ……」

「でも、良かったぁ。ブルガリ、お母さんからなら納得だよ」

「良くねぇ! 誤解を生じさせおって!」

「ところで、わたしへのプレゼントは?」

「危うく忘れるところだった。はい、これな」

 ブルーグリーンの紙袋……の中身は指輪ケース。でも、指輪ケースじゃなくて、大きな宝石型のチョコレート。

「これ、食べてみたかったチョコだ! ありがとう」

「だろ。ヒカリはこっちの方が喜ぶだろうと思ってな」

 でも、いつかはティファニーも欲しいな。いつか……ね。

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