第百三話 神ならざる者、永遠にⅢ
ゲイルの葬儀には、ローラン各地から多くの民衆が詰めかけた。
火葬場までは家族が棺を運ぶ決まりだ。葬儀の礼服である黒衣を身に付け、母のフィアナと妻のヴァネッサを先頭に、子供たちが棺を運んでいく。小柄なレイチェルは殆ど手を添えているだけだったが、その棺はひどく重く感じられた。
隣を歩くエドガーは、式が始まってから静かに涙を流している。民衆の前に出る前に泣き止めとフィアナに叱責されても、結局彼がその言いつけを守ることは出来なかった。
炎天の下、人々は悲しみに暮れている。ある者はゲイルの名前を叫び、またある者は地に伏して泣き崩れ、またある者は神に祈る。
永遠のような道のりを歩けばメタニア神の神殿に辿り着く。そこにはメタニア神と、そして火の神たるイーグニスを象る意匠が施された祭壇があった。帝都で死去した貴人は皆、この祭壇でその身を焼かれるのだ。
棺を安置し、その遺体に別れの口づけをしたあとに、レイチェルたちは祭壇から離れた。灰色のローブを纏う神官が入れ替わりに棺に近付き、両手に掲げたトーチに魔法の火を灯す。
「────」
古き呪文と共に、棺は炎に包まれた。ヴァネッサが悲鳴のような声を上げて崩れ落ちようとするのを、アルタイルが支える。
熱風が太陽に晒された肌を更に焼き、煙が天へと立ち上った。
太陽であることを否定した男は、太陽神の眷属として人々の心に生き続ける。その名誉は子々孫々に語り継がれ、冥界に暮らす彼の魂を永久のものとするのだろう。
「あ〜あ、泣いちゃった。泣くつもりなんてなかったのに」
エドガーは赤くなった目尻を擦り、困ったように笑った。
「父上が神様にされちゃうんだと思ったら、凄く悲しくなったんだ」
青い瞳が霊廟へと向けられる。
頑固で無口な曽祖父が神君となったように、生真面目で少し間の抜けたところがあったという祖父が軍神となったように、ゲイルもまた、永劫に語り継がれる神となるのだろう。
「ねえレイチェル、僕たちは……生きていた父上を忘れないでいようね。人間の父上を」
「……ええ」
太陽の光の下に立ちながら、レイチェルは父の姿を思い出す。あの瞳の光を見ても、激しい目映さに目を焼かれる痛みは無かった。その手に触れても、熱さに身体が溶け落ちることはなかった。
「父上がなんだって?」
ルーカスがアルタイルを引っ張って、ぐいっとふたりの間に割って入る。
「父上は太陽でも神様でもないって話だよ」
「はは、そりゃそうだ。しかも太陽神の眷属って一番有り得ねえよな。だってソリアは高潔にして神聖な処女神サマだぜ」
弟に背を叩かれ、アルタイルも珍しく軽口を叩いた。
「ああ、そうだな。ソリア神は酒も放蕩もお嫌いだ、今頃眷属になるのを断られているかもしれない」
「戦好きっていうのも、ソリア神には嫌われるかも」
「狩猟神のところなら意外といけるか? ああ駄目だな、ヴェナは騒がしいのは好きじゃねえから。何でしたっけ、酒神が主催した宴がやかましすぎてヴェナがブチ切れた話ありましたよね」
「200年前に書かれた、“戦神の叙事詩”の一説だな」
「じゃあリケレ? 」
「いいや、リケレ神も戦はお嫌いだ。ヴェナ神の怒りを買った一件以来軍人や狩人も苦手としている」
「なら父上とは相性悪いな」
「父上は、やっぱりなんの神様にもなれないね。うん、それが良いよ」
エドガーの笑顔で、兄たちのやり取りは締め括られる。レイチェルは燃えていく棺を振り返った。
これから彼の魂は、太陽神の眷属として神格化される。その人生を皆が好き勝手に話し伝え、美しく高潔な部分だけが飾り立てられ、非の打ち所のない英雄として崇められるのだろう。
しかし、彼の命を受け継ぎその愛を注がれた子どもたちは覚えている。彼が神ではないことを。無遠慮で、やかましくて、単純で、酒好きで、戦に魅了された、神聖な輝きなどどこにもないただの男で─そして、家族を愛する偉大なる父であったことを。
ゲイル・ドルス・グラディウス・セレ。享年44歳。
その名は、軍神ドルスの息子にして太陽神ソリアの眷属たる、偉大なる神々の一員として奉られることとなった。
第九章 太陽の葬列【完】




