それは贖いなどではなく
「わたしは……」
マレはぽつりぽつりと話しはじめた。
「わたしがどうしたいかってことがわかんなくなっちゃって……というか、どっちが本当の気持ちなのかが……」
バレエから離れたいなんて気持ちは無いのだと。でも、やらなきゃいけないことはわかっているのに、やらないという動きをしてしまう。だけど、それで安楽は得られず、焦りばかりが募る。
「うん、うん。自分の気持ちくらいわかりそうなもんだけど、意外と難しいよね。矛盾したことなんてしょっちゅう思ってる。それはどっちかが偽りでとか、どっちかがより強い、とかではなくて、どっちも真で、どっちも同じくらいなんてことだって起こり得るよね」
「ほまれちゃんもあるの?」
「あるよー、もちろん」
食べ物の話は禁忌かな? 食事制限を恒常的に続けているバレエダンサーに、元同じ立場で今解放された者が無邪気に食べ物の話なんてしたら気に障るだろう。でも、今日のこの場は、バレエダンサーであることを前提としない空気にした方が良いのではないかと思った。
ええい、言っちゃえ。
「ビュッフェいったとき、胃の容量的にあと一皿だけ食べられるって状況で、最後は絶対アイスって決めてたのに、気が付いたらシュウマイの皿獲っちゃったりする。アイス食べたい気持ちに嘘はないのに、同時にシュウマイを食べたいという気持ちも存在してるってことでしょ」
「あはは、なにそれー。ほまれちゃん食いしん坊キャラだっけ? そんな食べるんだねぇ、ウケる」
マレが笑ってくれた。よしよし、この調子。
「だからさ、まずは矛盾する二つの心、これを大事にしよう。片方を偽物として排除するのではなくて。そして、そんなふたつの心があることをダメなことではないと思うようにしよう。矛盾した自分を責める必要ないよ。そんな状況当たり前に起こるのはさっき言った通りなんだし」
「うん」
力はないが、柔らかい笑顔だ。
「アイス溶けちゃうよ」と、パフェのスプーンを進ませるように促す。マレは少し溶けかけたアイスを掬い、口に入れた。
「バレエ辞めたくないなら、続けようよ。続けるための気持ちが湧かないのは悪いことじゃないから受け容れよう。そして、どうしたら気持ちが回復するか考えよう。それのヒントが、今したいことたちなのかもね」
マレはスプーンを口に運びながら感心したように聴いていた。
「今したいことをする。それを、今すべきことができない状態ですることに対する焦りや罪悪感は持たずに本気でやる。そして気持ちが回復したら、やりたいという意欲を以てバレエに、フランスに、戻ったら。って考え方はどう?」
「うん、なんかそんな感じでできたらうまくいく気がしてきた」
マレには、心の底からやりたいことをやるという方向に気持ちを向けてもらいたい。
バレエを続けるという結果は同じでも、ここで心の絡まりを解くと解かないとでは、その後の人生そのものの強度に影響が出る。
そのほぐし役は、私がやりたい。
かつて、自らの罪で傷つけた相手だから。ではなく、私を慕う後輩に、私が心から応えたいと思っているから。