配信者
動画に関しての話題から、マレは少しずつ自らのことについて話すようになっていった。
「わたしさー、配信やってるんだぁ」
結構人気があるのだそうだ。
配信者名は『MARE』で、番組名は『ondulations dans mare』、フランス語で水面の波紋といった意味だ。
尚、mareという単語は世界各地で使われている。池や浅い水たまりから、海を指す場合など、若干の差異はあるが。
マレは少し照れくさそうに、「水面は湖面って意訳しても良いんだよ」と言った。
昔マレが私のダンスを、静かで幻想的な湖の湖面みたいだと言ってくれたことがあった。「今でもわたしのダンスの目指している到達点は、あの静謐さだから」との言葉は、私に向けてのようでもあり、独り言のようでもあった。
ヘッドカメラを装着し、踊る。
もともとは自分のダンスのチェック用に撮っていたものだった。
動画を観ると、バレエのトップダンサーの目線が体験できるコンテンツとなっていた。
ブレイキンのようにアクロバティックなダンスではないが、十回転ピルエットの目線はなかなか見応えがあるし、バレエのぶれないダンス、ふわっとした飛び上がりなのに到達点の高いグラン・ジュテもこういう映像で見るとなかなか斬新だ。
もちろん、バレエの見どころは手の指先や足のつま先まで浸透した細やかな美しさや重力と音を感じさせない「静」の部分にもあるから、ダンサー目線の動画でその魅力を伝えられるものではないが、一流のダンサーのダンスはだれでも観ることができても、一流ダンサーが視ている世界は一流ダンサーにしか見られない。それを体験できるというのが受けたようだ。
顔は映っていない。声も発していないから、動画が有名になってもマレの生活に大きな影響や変化はないが、配信者として『MARE』の名前は高まりつつあった。
自ずとマレはささやかな広告収入も手に入れていた。
「配信者としてどうこうって考えはなかったんだけど、バレエの基本的な動きは限られてるから、このコンテンツだけじゃあまりこの先は無いなって思ってたの。ほまれちゃんと一緒に何かやれるなら、顔出して踊っても良いかなーって。ほまれちゃんの打楽器とバレエのコラボとかできないかなぁ」
ふたりのチャンネル創ろうよ、とマレはテーブルを挟んで私に顔を近づけた。少し上気しているのがわかる。
『まれほまれ』とかどう? なんて、チャンネル名のアイデアなんかも出しながら。
お笑いコンビのようなユニット名はともかくとして。
マレと一緒に動画づくり。
絶対楽しいだろうなと思う。
『MARE』のアカウントと連結すれば、初回から閲覧数や「いいね」数を稼げるかもしれない。収入になるなら今の私にとってはありがたい。
だから一緒にやるのは良い。
やりたいと思う。
だけど、クリアしなくてはならないこと、確認しておかなくてはならないことがある。