表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/196

私の取り組み

 そんな生活を、先輩や職場の仲間や学校の友だちなんかと過ごしている今は、楽しかった。

 決して悪い人生じゃない。後悔するような選択をした結果の果てに辿るようなものではなかった。



 そのことを、少し寂しそうに、残念そうに、そして、少し安心したような顔で聴いていたマレ。



 それに、今の生活にも彩がある。



「前ちょっと言ったことあったよね。打楽器やってるって。受験で一時やめてたんだけど、大学生活落ち着いてきたらまた始めようかなって」



「あー、ブラジルの楽器でしょ? ほまれちゃんならヴァイオリンとかフルートとか、あ、ピアノなんかも似合いそうだけどなー。ギターとか弦楽器も格好良さそうだし。でも、リズム楽器なんだね」



「うん、音楽の基礎はリズムじゃない?」



 確かに、とマレ。

 ダンスでも、音楽を聴き込み、どんな楽器が鳴っているかを把握するのが重要だ。

 楽曲の奥の奥に微かなリズムが刻まれていることがある。その音をどこまで捉えて踊れるかが、ダンサーに問われる部分だ。

 だから、完璧なダンサーのダンスはスポーツではなく音楽そのものなのだと思う。



「ドラムも格好良さそうだよ。民族楽器のことがわからないだけなんだけど、ほまれちゃんとブラジルの楽器って、なんかピンとこないんだよねぇ」



 それはわかる。



 おそらく世界各地、文化が存在しているすべての国に音楽があり、その音楽独自の楽器がある。

 馴染みの薄い国の民族楽器の知識は、音楽家よりも民俗学者や考古学者の領域だろう。



 バレエをやめた後。

 私の行く末を心配したらしいマレから、事あるごとに連絡があった。


「これからどうするの?」


 マレを安心させるという目的では無かったが、確かに喪失感を抱えていた私は何か取り組むべきものを見つけようとしていて、そこでサンバに出会い、スルドを始めることとなる。


 そのことはすぐにマレに伝えていた。


 ただ、サンバという言葉ではなく、ブラジルの太鼓を始めたという言い方で伝えていた。


 サンバという言葉は多くの日本人にとって馴染みがあり、強い一定のイメージを抱かせる単語だ。

 一方、その文化的背景を含め、サンバを音楽のジャンル、ダンスのジャンル、それぞれに於いて正しく認識している人はほとんどいないと思う。


 取り組みたいことを見つけたのに、言葉ひとつで思惑と異なる印象を与え、誤解を解くための説明をするという工程を省きたかった。

 単純にやりたいことを見つけた私を知ってもらって、安心してほしかった。


 それと、一般的にはサンバはダンサーの印象の方が強い。

 バレエから自ら手を引いた私が、その矢先に別ジャンルのダンスに関わっていると、小学校を卒業したばかりの子どもで、思春期に入った多感な時期のマレに思わせたくなかった。


 私は私なりに、マレとの付き合いの中で、マレの激しさと強さの奥にある、本人も気づいていないであろう僅かな脆さがあることに気付いていたから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ