あの時の決意。今の決意
優勝を勝ち取ったマレが、私に嬉しそうに話しかけてきた。「おめでとう」と言った私に、「ほまれちゃんもおめでとう!」と言ってくれた。私は胸元で抱えるようにしていた二位であることを示すトロフィーをそっと下ろした。
「次の」と言いかけていたマレを遮り、「ありがとう。でも、私のバレエはこの大会が最後なんだ」
その時の、マレの驚いた顔を覚えている。
その顔が、みるみる歪んでいったのも。
「なんで?」「怪我もしていないのに?」「家族が反対してる?」「嫌になっちゃった?」「バレエ楽しくないの?」
「一緒にって」「約束したのに」「なんで言ってくれなかったの?」「なんで」「なんで」「なんで」
「わたしのせい?」「二位なのにおめでとうとか言ったから?」「わたし無神経だった?」「なんで?」「なんで……」
マレの中をたくさんの疑問と感情が駆け抜けていったのだろう。
不意をつかれたことの驚き。
裏切られたという想い。
自分のせい? という不安と自責。
大切に思っていたものを失う悲しみと喪失感と絶望感。
まだ小学生のマレに、大きな瑕を残してしまうかもしれない。だけど私も実は余裕がなくなっていて。
ただただ、「ごめんね」としか言えなかった。言ってあげられなかった。
バレエを辞めた後も、マレは連絡をしてくれた。
あの時、絶望した顔をしていたなんて気のせいだったかのように。
私のことを恨んでいてもおかしくないのに、前と変わらない敬慕の情を込めたままで。
私は私の後悔があるから。
後悔なんて理由にせずに、この子のためにできることはなんだってしてあげたいと。そう思っていた。
「マレはいつまでこっちに居られるの?」
マレの留学期間はまだ残っているはずだ。本来なら今日本にいることすらおかしい。
その違和感の裏には、マレの中の何らかの事情がきっとある。
「んー、まあしばらくの間はいるよ」
ほまれちゃんとどこか行きたいな! そう言う笑顔に陰りは無いが……。
はぐらかしていることは、わかる。
「今日は一日大丈夫なんでしょ? いっぱい話そ。どこ行こうか? ゆっくり話せるところが良いよねー」
とにかくまずはマレに好きなように話させよう。話して話して、吐き出して。その奥底に何か見えたら。
その見えたなにかが手に届く位置に来るまで尚話させて、そして、そっとその何かを取り出してみれば良い。
マレは「えー、うーん、どうしようかなー」と、屈託のない顔で考えている。
その笑顔は私がかつて護れなかった笑顔だ。
今回は。今回こそは。私は間違えない。