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【幕間】 マレ 〜湖面に焦がれ湖面を焦がす溶鋼は〜

 湖面を思わせる美を携えた少女は、練習場でも、現実的な練習着での練習であっても、その周りだけ音や時間が止まったかのように感じさせた。



 夢中になった。



 わたしも、そんな風に踊りたかった。


 何故、重力の影響を受けているはずなのに、あんなにゆっくり跳べるのだろう。

 何故、激しく動いているはずなのに、あんなに滑らかに見えるのだろう。

 何故、エネルギーが迸るような力強さがあるのに、尚涼やかで軽やかなのだろう。


 貪るように、漁るように、真似た。



 三歳の年齢差は、教室を分ける差となる。

 だから、コースに関係なくダンサーが練習する機会には積極的に参加し、バーレッスンでもストレッチでも、とにかく彼女の近くを確保した。


 幼い頃からこの教室に通う彼女には、教室内にて既に構築されていた人間関係があった。

 仲の良いダンサーもいたはずだ。もちろん、練習は全員が本気で真剣だ。仲良しの隣じゃなきゃやだなんて生徒はひとりもいない。

 それでも、たまたま近くで練習することになる場面なんていくらでもあるだろう。そのような機会を得た者は、わたしがその機会を隙有らば奪いに来る様子を見てどう思っただろう。

 小さい子が憧れのお姉さんにくっついて回る様子を微笑ましく思って見ていただろうか。

 それとも、鬼気迫る様子の小鬼の如き幼児に、異常性と不安定さを見出しただろうか。


 誰がどんな噂や陰口を叩こうが、わたしには関係がなかった。

 わたしにはやりたいことがあった。やるべきことがあった。それだけだ。それを成すために、失うものもしくは得てしまう負の産物があったとしても、自ら選んで取捨したものになんの後悔もない。



 視て、解析して、実践して、振り返って……早晩、周りからは彼女より小さいわたしが彼女とそっくりの踊る様をして、彼女のミニチュアのように言われるようになった。それをまだ幼かったわたしは嬉しいと感じていた。


 しかしやがて、技術を身に着け目も肥えてきたわたしは、どれだけ形を彼女に似せても、彼女とは似ても似つかない要素が芯にあることに気付く。



 彼女のようになりたいと。



 求めれば求めるほど、その芯には溶鋼が重くどろりと溜まっている。


 静かに高温に熱された、オレンジ色に発光するマグマのような鉄の液体。貪欲なわたしの本質。



 静謐で澄み渡った冷涼な湖とは、あらゆる面が反転している。


 違いを認め見極め、彼女の様に在れるよう補正しようとすればするほど、我執が溶鋼を更に熱くする。




 わたしの小さな身体には納まりきらない熱は、静かに四肢より放たれる。

 手の指先から、瞳から、跳んだ足のつま先から。そっと放たれた熱は、観ている者を気付かぬうちに炎に包み込む。


 彼女を真似ているうちに身に付けた静かで穏やかな動きに、触れた者を焦がす熱がこもり。

 どこまでも涼やかで軽やかだった彼女には無かった、切なく苦しいまでの激しさが周囲のすべてを焼き尽くす。




『観客にさえも汗をかかせる』と評されるようになるわたしのダンスには、その内『世代交代』の評もついてまわるようになっていった。


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