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【幕間】 マレ序章 〜湖のひと〜

 わたしは、まだ何も失ったわけではない。


 けれどそれは、確定のボタンを押していないだけだから? 投了の言葉を発していないから? 実際は詰んでいるのに?


 以前祖母に将棋を教えてもらったことがある。

 以前母が株取引で「塩漬け」という言葉を使っていた。どういう意味か尋ねたことがある。


 それらに近いイメージだ。



 株式は日々値段が上がったり下がったりする。

 買った値段より下がっていれば損をすることになる。資産価値という面ではその段階でも損失なのだろうけど、その株式を現金化したときに、手元に残った現金と購入額との差額が実際の損金となる。

 つまり、現金化しなければ理論上の損ではあっても、損失は確定していない。

 だけど、上がる見込みのない株式を持ち続け、額面上の損金をいつまでも「確定はしていないので損ではない」と言い張っていても、自分を慰めているだけではないだろうか。



 では、わたしは上がる見込みのない株式を「塩漬け」にしているのだろうか。

 詰んだ盤面を苦虫を噛み潰したように睨みながらも、頑なに投了の言葉を拒んでいるのだろうか。


 断じて否だと言いたい。

 それは希望的観測ではない。楽観的な見立てでもない。

 投了の言葉を発しないのは、軽々に詰んだと判断するにはまだ盤面を読み切れていないからだ。



 わたしは幼い頃に芽生えた夢を。


 夢に向かってひた走った日々を。


 夢中になって取り組んだ楽しさも、段階を超えるたびに得られた快感も、栄光を掴んだ喜びも。


 そして、それらを得るために選ばなかったものたちでさえも。

 わたしの在り方を構成する大切なわたしそのもの。その何ひとつ、まだ諦めたわけではない。



 盤面には、まだわたしには見えていないだけの、活路がきっとあるはずだ。

 諦めなければ、負けてはいない、失ってはいない。まだわたしは戦える。

 そのために戻ってきたのだから。




 だけど、ほんの少しだけ。

 少しだけで良いので、身体を預ける宿木が欲しかった。

 澱のように溜まり積もっていく疲労も、無数の細かい傷も、癒えるまで寄りかかっていられるような。





 スマホの画面の、通知に気が付いた。


 すぐに開いてみる。


 藤棚の前で振り向き微笑んでいる画像のアイコンに、未読のメッセージ数を表す表示が掲示されていた。


 メッセージを開く。


 会いたい人からの、都合を知らせるメッセージに、わたしは即返信を打った。


 がっつき過ぎて引かれたら嫌だなと頭ではわかっていても、止められないのだから仕方がない。そんなことで嫌になる人でないことはわかっているし。

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