【幕間】 マレ序章 〜会いたいひと〜
椅子に腰かけ、スマホのトークアプリを開き、画面を操作する。
画面をスクロールして連絡を取りたい相手を探す。
繋がっている人はたいして多くは無い。無料のスタンプが欲しくて、ダウンロードの条件となっていた対象企業の公式アカウントを友だちに追加してしまったため、その広告メッセージがやたらと上位に表示されてしまっている。
我ながら、寂しい交友範囲だと思う。
自ら望み選んだ先にあった結果に何の後悔もないが、今のわたしの気持ちに対しては、すこし「効く」。後悔などないはずなのに、普通の道を選んでいた自分はどんな人生を得られていたのだろうかなどと、詮無いことを考えてしまう。
画面をスクロールさせて少し遡ると、藤棚で撮影したらしいその人の画像をアイコンにしたアカウントを見つけた。
その人には昨日も帰国すること伝えるメッセージを送っているので比較的上位に残っていた。
『今家に着いた! 昔住んでたとこだよ。懐かしいー』
家に着いた時、家の前に猫がいた。その猫を撮影した画像を送る。続いて、
『いつ会えるかなぁ? わたし今週は手続きとか生活整えるとかしかないので融通利くよ。都合合わせるね』
さて、報告はこんなところか。
報告というよりは会う約束を迫るちょっと圧の強い内容になっているような気がするが、もう送ってしまったのだから仕方ない。メッセージを、取り消してもその履歴は残る。
取り消しもそれはそれで何となく重い印象があるから、このままで良い。
抑えきれない思いがあるのだと捉えてくれれば良いのだけど。
報告の相手が身内以外はひとりしかいないってのはあまりにもだと思うが、それがわたしの道行の先にあったもの。己が意思で選んだ結果に付随するであろうあれやこれやにはとっくに覚悟は決めていたはずだった。
人生を賭して進んだその道が、いつか行き止まりにたどり着いたとしても、それでも尚後悔は無いと言いきれたなら、わたしはわたしの人生を誇れるのだろう。
しかし、進んでいるのかどうかわからない、この道で合っているのかわからない、その壁が越えるべき壁なのか行き止まりなのかわからない、そんな五里霧中の渦中にあっては、わたしはわたしの気持ちさえわからない。
わたしは、どうしたいのだろう。
明確な目的とビジョンがあるのに、心と身体が適切な動きをしていない。今まではこんなことなかったのに。
ある意味シンプルに、目的に向かうエネルギーが、そのまま心と身体を動かした。なのに今は、矛盾だとわかっているのに、その矛盾に振り回され、無駄で非合理な動きをしている自覚がある。簡単な言葉で言えば、エラーを起こしているかのように。
そんなわたしは今、「後悔なんて無い」と、はっきり言いきれるかどうかも、もうわからなかった。