姫田祷
四人掛けのテーブルの隣には要さん、はす向かいには川本さん。
川本さんは今日の場をセッティングしてくれた姫田さんのご友人だ。要さんが情報を聞き出した相手でもある。
そして、私の向かいには画面で見たままの端麗さで微笑んでいる女性が。
噂の(私が勝手に騒いでいただけだけど)姫田さんだ。
ブラジルに三週間もいたからか、日焼け対策はしっかりしてそうな印象の姫田さんでも、ノースリーブの肩がほんのり赤くなっていた。
地球の裏側のブラジルは現在秋の後半にあたるだろうが、旧来の日本の夏くらいの温度にはなるし、紫外線は強い。
温度に関しては昨今の日本の猛暑も相当なものになるが、年間を通しての気温や紫外線の強さはやはり熱帯雨林のブラジルの方が「強い」のだろう。
「川本さん、今日はどうもありがとう。姫田さんも時間つくってもらってありがとうね。ブラジル行ってたんだって? 戻ってきたばかりだよね。疲れてるところ無理させちゃってたらごめんね」
この場で一番年上の要さんが口火を切ってくれる。
「こっちが色部。私は普段誉って呼んでいるから、そのまま呼ばせてもらうね。誉がさ、どーしても姫田さんに会いたいって言っててさー」と、こっちを見る要さん。
急に振る! まあそうなんだけど。それに流れで自己紹介できるから良いんだけど。
「色部誉です。色部でも誉でも、呼びやすい方で呼んでいただければと。たまたま姫田さんの動画を見かけて……」
素直な賞賛の言葉を伝えた。
サンバという分野において、派手なダンサーに較べると地味な印象の打楽器。
その中でも高く軽やかで速いピッチを担う楽器はリズミカルなリズムを奏でたり、身体全体を使って集団で踊るように演奏したりと、派手で楽し気な印象にしやすいが、最も低音を担う重く大きな楽器であるスルドは、やはり実直な屋台骨とした印象だろう。
そんなスルドを、華やかに優美に演奏していた姫田さん。
パワフルなソロやテクニカルなソロを観たことが無いでもなかったが、姫田さんの演奏は単純に見惚れてしまう要素があった。確かに長い動画では無かったが、一瞬でつかまれ、最後まで視聴しきることができた。
技術論で言えばもっと高いレベルにいる奏者はいくらでもいるだろう。
なんなら、スルド歴で言えば私の方が長い。単純な技術なら私の方が上かもしれない。
でも、だからこそ、逆にすごい。と思った。
初球から中級くらいの演奏でも、「画面越しで」ここまで「魅せる」ことができていたことに。
始めたばかりのジャンルで早々に地球の裏側にある本場に行ってしまう行動力と言い、この人の底は計り知れない。