要さんに訊きたいこと
「そんで、訊きたいことって?」
ゆるいTシャツにショートパンツというラフなスタイルの要さんは、ダイニングのチェアに腰かけドデカミンの蓋を開けながら身体を私のいるリビング側に向けた。
一緒に住んでいるとこういう時場所の設定はしなくて良いので楽だ。
私はリビングのラグに座っている状態で、チェアに腰かける要さんを見上げるように顔を向ける。私も分けてもらったドデカミンの大きな蓋に力を籠めると、軽い金属がちぎれる音に空気の炸裂音がまざった音が響いた。
「姫田祷さんって知ってます? うちの大学で多分今二年生なんですけど」
以前、近隣のサンバチームを探していた時に見つけた動画。映像の中で、スルドの演奏を目でも楽しめるパフォーマンスに昇華していた素敵な女性。プロフィールや過去のSNSでの投稿などを遡ったところ、私と同じ大学に通っていることが分かった。
更新が止まっていたのは気になったが、滞りなく進級していれば今は二年生のはずだ。私よりひとつ上で、要さんよりひとつ下。
「んー、ごめん、ちょっとわかんないなぁ。少なくともすぐには思い浮かばない」
在籍人数一万五千人を超える学校だ。同学年だって同じ教室、同じゼミでなければ顔や名前なんてほとんどわからない。たまたま知っているなんて方が稀だろう。
「そうですよねぇ。学際の実行委員とかもやってるみたいなんですけど……」
通常なら砂漠の中で一本の針を探すようなものなのかもしれないが、彼女はどちらかといえば目立つタイプの学生と思われる。
針から金属バットくらいには探しやすくなっているのではないだろうか。それでも砂漠での探査は果てしないのだろうから誤差の範囲程度なのかもしれない。
「私あんまその手の活動してないからわかんないなぁ。でも、そういうフックあるなら伝手辿れば知ってる人いるかも? 紹介してほしいの?」
「もし、話せるなら話してみたいです」
スルドの奏者として主役のように輝いている彼女の話を聴いてみたかった。彼女が所属しているエスコーラ、『ソール・エ・エストレーラ』のことも訊いてみたかった。
SNSでダイレクトメッセージを送っても良い。「大学同じなんです」って切り口で行けば返信率は高くなるのではないだろうか。学際実行委員を訪ねても良い。
それなりに人数はいるだろうが、一万五千人から探すよりははるかに探しやすいし、本人に直接接触できなくても、彼女を知っている人にはほぼ確実に出会える。やろうと思えば辿り着ける道はいくらでもあるとは思っている。でも、知り合いが知っていたら話は早い。知り合いの知り合いでも良い。
伝手を使いたい理由は手間と確度の問題だけではない。
更新が止まっている理由が、わかるなら把握したうえでアプローチを掛けたいと思っていた。
ただ更新していないだけなら別に良いのだ。
でも、更新できない何らかの理由があるとしたら、物理的なできない理由があるとしたら、それは半分以上の確率でネガティブな理由ではないだろうか。
その理由がわからないまま、無邪気に突撃したとして、本人か近親者か、とにかく誰かの感情をかき乱すことにならないだろうか。もっと具体的に言えば、誰かが悲しい思いをしないだろうか。
考えすぎ、気にし過ぎだとは思う。
でも、可能性がゼロではなく、確認する術があるのなら、まずはその手順を踏みたいと思った。
頼みを聴いてくれた要さんの動きは早かった。
「姫田さんだっけ、その子のこと知ってる人に話聞けたよ」
朗報は依頼をした翌々日にはもたらされた。
会いたかった人。
その人を知る方による生の情報。
それが今、要さんの口からもたらされようとしていた。