貴重な一日を終えて
『Three ducks』からのお小遣い。
『クラブ藤宮』からの日当。
都心の一等地かつ激戦区で老舗の店舗を時代の浮き沈みにも巻き込まれず存続させている手腕を持つ渚ママの教え。
一流であることを自認し、一流の遊びを求めているお客様を接客する体験。
高級店、一流店、老舗とされる大規模店舗内に於けるボーイやキャストの動き、お客様やキャストのやりとりを見聞きすることで気付いた発見。
得るものの多い一日だった。
もうひとつ。
「今日はお疲れ様。忙しかったよね。どうだった? 楽しんでもらえていたら良かったのだけど」
未だ終電のある時間に、私のヘルプは終了した。
わざわざお見送りをしてくれた渚ママに、今日のお礼と感想を伝える。
少し興奮気味に話す私の様子を、渚ママは母性を感じさせる眼差しで見つめていた。口元の笑みは優しげで。
もちろんそこには優しさや、なんなら愛情すらも感じられたのだけど、お会いしたのは今日が初めてだ。
そんな対象にこれだけの気持ちを寄せられる、器の大きさみたいなものが一番強く感じられた。この規模の店舗の長を務めるには、きっと必要な素養なのだろう。
「楽しんでくれたなら良かったぁ。『Three ducks』とはまたちょっと違っていて、こっちはこっちで面白かったでしょ? 誉ちゃんうちの雰囲気に合っていたからついヘルプに着かせちゃった。でもみんな喜んでくれていたし、楽しんでくれていたわ。こちらこそお礼を言わなきゃだね。ありがとう。あ、そだそだ」
お礼と、基本無しといっておきながら接客についてもらっちゃったお詫びに。と、渚ママから紙袋を渡された。
なんだか紙袋まで上品だ。
「中は今日使ってもらった帯留めと手提げかばんに草履」
プレゼントしてくれるというのだ。
今日借りた品々は渚ママの所有物だ。
ほぼ新品の状態に見えたから、思い入れや歴史などはそこまで深くないのかもしれないが、多分安いものではない。
恐れ多くて遠慮して見せると、せっかく持って来てもらったのに、返すみたいになっちゃうけど。と笑いながらも「若い子に使ってもらいたいのと、普段着物じゃない人を少しでも着物の世界に引き込みたいから」と、無理にでも受け取らされた。
「本当は着物もプレゼント出来たら良かったんだけどね」なんて恐ろしいことを言っている。
恐縮しながらも受け取ったプレゼント。正直かなり嬉しかった。
(がんばって稼いで、余裕出来たらいただいた小物に合う着物つくってみたいなぁ)
ただ生活のためだけではないちょっとした目標ができたことが嬉しい。
生きるためだけではあまりにも味気ない。
スルドの再開だけを目指していてもまだ狭い。
生活全体の潤いと彩が豊かになることで、本文たる学業、人間関係、生活そのものの質、趣味、将来設計がバランスよく向上していくのだから。