着付け
ジョーが去り、扉が閉まり切るのを見ていた。
いよいよひとりだ。
案内してくれる渚ママの話をよく聞き、ヘルプでミスらないようにしなきゃ。
そんな気負いを察したのか、「文字通りヘルプだから安心して」と、店内の配置や設備の説明をしながら言う渚ママ。
「接客は基本無しで、品出しなんかが中心になると思う。黒服の動き方を知っておくのはキャストとしても役立てると思うよ。そっちはジョーがいるから大体なんとかなるのかもしれないけど、大きい箱で混雑しているときなんかは、キャスト側がボーイの動きを理解していると連携がスムーズで結果としてお客様の満足度に繋がったりするの」
なるほど。そういう体験は大きい繁盛店でないとできない。
「それと、基本無しとは言ったけど、どうしても空きが出そうな状況があったら繋ぎでお客様に付いてもらうかもしれないから、心づもりだけはしておいて」
「ええっ⁉︎」
寝耳に水だ。
ボーイさんは皆同じ服装だ。揃いの服をお借りして給仕業務に着くものと思っていたが、キャストの動きをするとなると困ったことになる。
「すみません、衣装とか持って来てないです」
「大丈夫、着物貸してあげるから。着付けもしてあげるからね」
渚ママは妙に楽しそうだった。
一時間前後で着付け、髪のスタイリング、メイクも終え、完全に接客できる状態に仕上げてもらった。
着物で給仕するという訓練も兼ねているのだろうか。
だとすれば、規模の大きく体制のしっかりしている『クラブ藤宮』よりも、ママもキャストも黒服も一緒になって、できるひとができることをする『Three ducks』向きの訓練だと思えた。
仕事着は基本ドレスだけど、ママはたまに着物着てるし、着物デーなる催しの日もあるらしい。
「うん、思った通り。誉ちゃん着物も似合うね。そだ、あとはこれと、これを……」
先ほど返却した帯留めを帯に付け、手提げバッグを持たせてくれた。草履はバッグと同じ生地でつくられていた。セットなのかもしれない。
水牛角製で猫の形がモチーフになっている帯留めがかわいい。なんだか守られているような気持になって勇気が湧いてくる。
それに、着物! きちんとした着物をきちんと着付けしてもらったのははじめてだが、背筋が伸びるというか、気持ちが引き締まる。自分で着付けもできるようになれば、着物で仕事に臨むのは良いかもしれない。
オープンの準備もあらかた整った段階で、渚ママからスタッフ全員に紹介していただいた。
店内の案内時にボーイさん、着付けやメイクの際にはキャストの皆さんに、都度都度なんとなく紹介はしてもらっていたが、改めて私の背景や今日の立ち位置などを明快に説明してくれた。
『Three ducks』からゲストやヘルプが来るのは珍しいことではないようで、皆さん慣れた様子で、口々にフレンドリーな挨拶が発された。アウェー感は少し減った気がした。