体験入店
体験入店の段取りは速やかに整えられた。
お店としても人員の補充は急務らしく、どちらかと言えば前のめりな印象で場を設けてもらえた。
お店は駅を中心にした南北の商店街とは少し外れたところにある飲屋街の一角にあった。
要さんの家からなら歩いて行けるのは便利だった。
駅から離れているわけではないが、駅前ではない立地ということもあり、駅から帰る道すがらの勤め人や、近隣の店舗や会社の従業員などが主な客層だった。新規客よりも常連の固定客が九割以上を占めている。新規客も常連客が連れてくると言ったケースが多い。
「こんにちはー! ママ―、連れてきたよー」
「失礼しますっ」
まだ準備中の店内に、しょーちゃんは元気良く入っていった。
私は要さんと連れ立って、しょーちゃんの後をついてお店に入った。
ママは朗らかに迎え入れてくれた。
朗らかな印象はイメージしていた通り。
だから見た目もふくよかな肝っ玉母さんタイプか、昔美人だった感のある元ヤン姐御タイプかなと勝手に思っていたが、大きな笑い声とはミスマッチな、上品な若女将タイプだった。
年齢も全くわからない。
若く見えるがお店は十周年を超えているときく。四十歳は超えているだろう。五十歳以上でも不思議ではないが、ミステリアスな色香を讃えつつ、親しみやすい雰囲気もある不思議な女性だった。
こういう女性がママをやっているお店だから、しょーちゃんや要さんの、時折みせるざっくばらんな雰囲気が受け入れられやすい土壌があるのかもしれない。
「いらっしゃーい。待ってたよー。あら、この子が誉ちゃん?」
「ね、かわいいでしょ? 誉ちゃん。要の妹分で私の後継者よ! ふたりを超える逸材と思ってよ、ママ。まじで期待していーかんね」
ママが「たのもしー。たのしみー」なんて笑っている。
ええっ、あまりハードル上げないで欲しい……。
そこはさすが要さんが、「まだ入店決めたわけじゃないから」と、クールに冷や水を浴びせていた。
「誉です。この度は体験のご機会をいただきましてありがとうございます。お役に立てるよう頑張ります。よろしくお願いします」
「礼儀正しい良い子ね。うん、雰囲気も良い。引継ぎがてら祥子が面倒見るんだよね? 開店準備がてらオペレーションやら店内の設備やらお店のこまごまとしたルールやら、とにかくざっと一式教えてあげて」
「あの、私も」
「うん、要もサポートよろしく! オープン後は祥子についてもらうね。体験ってことは伝えちゃって良い。入店確定ではないけど、祥子のお客様をなんとなく引継げるような状態にしてもらえると良いなぁ」
「はーい。うまくやりまーす」
「誉ちゃん。源氏名付ける? そのままでいく? もし入店してくれるなら、入店後に決めても良いけどね」
「あ、それでは、要さんや祥子さんみたいに私も本名で行きます」
入店を決めたとしても、そのまま本名で行けば良いと思った。
「おっけ。じゃあ誉。改めてよろしくお願いね」
面接なんかは、体験後に入店したいって思ってくれたらやりましょ、と、ママはキッチンで仕込みの作業に入った。