私の気持ち
要さんは、職場の先輩であり、しっかり成果も上げているしょーちゃんの話を、真意やその本質も捉え切ろうと、その言葉に真剣に耳を傾けていた。
要さんの素の対応や反応にマッチしない相手でも、キャストが自分にだけうっかり普段の姿を見せてしまうなんていう「失敗」はかわいく映るものだし、すぐにキャラを戻して謝ったりするのでそこまで無礼にもならない。
その仕掛けの中で、そのやり方にマッチするかどうかが見えてくる。対象となる相手には、折を見て仕掛けを続けていくのだ。
素を出せるということは、より自然であるということ。自然体に近い方がのびのびと仕事ができることも、高パフォーマンスの発揮や、長く続けられるという点でも寄与しそうだ。
そういうしょーちゃんも、ほぼ素で接客しているらしい。
しょーちゃんの場合は『気を使わなくていい幼馴染』キャラだ。昔のラブコメなんかでよく見かける、だけど現実には存在しない、ある一定の世代の男性にとってのある意味の理想。遠い日に思い描いた憧れの青春。
そんな甘酸っぱくほろ苦い追体験を与えることがしょーちゃんのテーマらしい。
それを聞いた要さんは、「なにを御大層な。要は自然に、なんなら雑に、対応しているだけでしょ」と言いながらも、その実時にぞんざいに扱われ、時にぐっと距離を詰められ、だけど友だち同士のような色気の感じない馬鹿な話題で盛り上がる。そんな関係性を好ましく思っている客が多いことを知っていた。
だからこそ、理屈でも納得のできたしょーちゃんの見立てには説得力を感じていたし、素直に実践してみようと思えた。
要さんにはとにかく勤勉且つ心理的感情的なブロックが少ない。良いと思ったことはなんでも素直に取り組む傾向があった。
結果として、要さんはしょーちゃんと並んで『Three ducks』では高い人気を誇るキャストとなっていた。
「まあ誉のことは、祥子が言うならそうなのかもね」
しょーちゃんの人物評の正確さは自らの体験で証明済みだ。要さんはしょーちゃんが言っていた私への評価を肯定的に受け止め始めていた。
「でも肝心なのは誉の考えよ。誉はどう思う?」
前向きな気持ちがあるなら、体験入店の手配をママに取り付けてくれるという。
やれるかどうか。やってみたいかどうか。続けられるかどうか。
ただバイト先に面接に行くのとは違う。
要さんやしょーちゃんの紹介を受けるのだ。ルートが最短になる分責任がある。ふたりに迷惑をかけるわけにはいかない。
自分の気持ち、責任の重さ。
よく考えたうえで、私は「やってみたいです」と答えていた。