Three ducks
しょーちゃんは、自分と要さんが勤めているパブ、『Three ducks』を私のバイト先にしてみてはどうかと提案したいのだと言う。
「ほら、私もうすぐ辞めちゃうじゃん? ママもひと欲しがってたしさ」
時給は求人で見かけたところよりは安い。
でも、私が元々設定していた時給二千円という基準は超えていた。プラス頑張れば歩合が付く。
この部屋でのルームシェアを長く続けると言う要さんの提案に甘えさせてもらうなら、家賃の設定は低く抑えられそうだ。水道光熱費も、単純に折半にしてもひとり暮らしよりは安く済むと思える。
引っ越しのための貯金分も生活費に回せると考えれば、月々の必要額のラインは更に下がる。求める給与額の設定を落とさずに分岐点が下がっていると言うことは、労働時間を減らせる余地が生まれたと言うことでもある。学業も遊びも、そしてサンバも含めた学生生活の充実も妥協の頻度や重度を減らせると言うことだ。
「誉ちゃんを心配するなら、いっそその方が手っ取り早くない? あの店ならあんまり変な客いないしさ。要が一緒なら守れるし?」
私も、見ず知らずのところよりはその方が心強いけど、甘えすぎだろうか。
要さんは、なるほど、いや、でも、と考え込んでいる。
「あー、もしかして誉ちゃんに仕事中の姿見られたくないとか? テレカワじゃん! 確かに、接客時のキャラ普段と違うもんねぇ」
「ちょっと! 余計なこと言わないでよ」
「でもすぐ本性出すからあんま変わんないよー。そういうところも人気なんだから」
私が思った通り、としょーちゃんは付け加えていた。
要さんが『Three ducks』で働くことになったきっかけは単純に給与面と立地によるものだった。
要さんもまた、自分の収入だけで生活したいと望んでいた。だから奨学金制度についても一通り調べていたのだ。
私のように意固地になっているわけではなかったので、親の援助は受けながら大学生活を開始しつつ、なるべく早く援助を受けなくても済むようにしたいと考えていた。
学業との両立も考えたうえで選ばれたのが、立地、時間の融通、時給のバランスを兼ね備えた『Three ducks』だった。
やや硬めな印象を持つ、高校では委員会の長として部費の配分なども仕切り、文化部運動部の各部長とも渡り合ってきた要さん。
「真面目」で「潔癖」な自らの気質を要さんは誇らしくさえ思っていたように見えた。
そんな要さんだが、いわゆる水商売と言うものには抵抗はなかった。