接客業
私が大丈夫そうな気がすると言ったことを言うと、要さんは手にしたビールの缶を少し強めにローテーブルに置いた。
「あんたが思っているよりもどぎついの来るよ⁉︎」
どんなのだろう?
知識に無いことなら想定しようもないが、しょせん言葉ならどうにかなるのではないか。
問題は、適切にあしらったり乗っかったりして、お客様を楽しませる技術の部分だ。それに関しては全く自信が無い。
「まあ、テクニック的なことについてはさ、いくつかコツあるから最初のうちはそれ意識しとけばなんとかなるんだけど」
プラクティスで身に付けられることならやれなくはなさそうだ。
あとは時たま起こるかもしれない触られるということについて。
良くはないけど耐えられると思う。お店が禁止しているならされて一瞬だ。手など性的な部分でなくても、ずっと触られていたら気分が悪くなってしまうかもしれないが、一瞬触られて、それを注意するとかならなんとなくできそうな気がする。
でも要さんは、「コミュニケーション能力が低いとは思わないけど、男慣れしてないでしょ?」とか、「女の闘いみたいなのにも向いてるとは思えないけどなぁ」とか、あまり乗り気じゃないようだ。
逆にしょーちゃんは肯定的だ。
「それは要だってそーだったじゃん」と要さんを牽制している。
それはそーだけど、私の時は......と、ぶつぶつ言っていた要さんに、しょーちゃんは更に言葉を重ねる。
「要が心配する気持ちもわかるけど、現実的な落としどころってこの辺だったりしない?」
「誉に水商売勧めろっての?」
「んー、要は自分の仕事、別に悪く思ってないでしょ?」
「私はね。でも、誉は……」
「私、意外と誉ちゃん向いてると思うんだよね。容姿は雰囲気あるし、ドレス映えしそうじゃん。頭も良いし人当たりも良い、おしゃべりではないけど聞き上手だなって思うよ。話してて気持ち良いんだよね。人柄も好感持てる」
それに関しては全面的に同意するけどなんて要さんが言うものだから、顔が熱くなった。きっとお酒を飲んでいる二人よりも真っ赤になっているだろう。
「ほら、こういうとこ。可愛くない? 人気出ると思うんだよねー」
ちょっと褒め殺しやめて。要さんも、それも完全に同意するけどとか言わないで。
「だったら、ねぇ? でもその求人、三千円だとむしろ安いかも。お店にもよるけど五千円とかもあるよ」
そうなのか。
必須条件を超えたいだけだったので、それ以上を求めているわけではないが、高いに越したことはない。その方が要さんにお世話になる期間も短くできる。
「私のことは気にしなくて良いよ。むしろ少しでも家賃入れてもらえるのは助かってるんだし。だから、誉さえ良かったらずっといてよ。それならひとり暮らし想定の家賃分は下げて考えられるよね」
「そこのハードル下げられるならさ! それなら、ウチにしちゃうってのはどう?」
「え⁉︎」
要さんが驚き、ビールを少し口から垂らしてしまったようで慌てて拭いている。
「うちって、うち?」
つまり、ふたりが務めているパブ『Three ducks』のこと。
イギリス本来のパブっぽい名前だが、オーナーの三鴨姓を英語にしただけのもの。
実態としては日本のクラブやスナック形態の接客を伴うアルコールを出すお店に近い体裁だ。オーナーでもありママとしてお店にも立っている唯華さんを筆頭に六名のキャストで回している小さな店舗だ。他にボーイと言うよりは執事のような男性スタッフがいて、キッチンとホールはママと男性スタッフで対応しているそうだ。