矜持?
私の稚拙で独りよがりな主義主張を、要さんは少し複雑な顔で、しょーちゃんは困ったような、でも優しく受け止めるような顔で、聞いてくれた。
「何が大切なのか。何が譲れないのか。それは人それぞれだからさ。誉の想いは否定しないよ」
だけど、何もかもが自分の都合で選べるわけではない。
譲れない何かを選ぶのなら、他を妥協しなくてはならなくなることもある。
「とにかく、生活をしていかなきゃならないんだから」
要さんは厳しく、真摯な眼差しだった。
もう、負けたくないと思った。
同じだけ、もう、失望されたくないという思いも持っていた。
私によくしてる人を、がっかりさせるようなことにだけはならないようにしないと。
「あ、この『受け子』って仕事、給料良いって書いてある!」
要さんを安心させようと、話しながらもスマホでバイトを検索していたら、『高給バイト』の文字が。
具体的な額も仕事の内容もぱっと見では記載を見つけられないが、『だれでも』『簡単』と言った記述が目に入った。
なんかの売り子みたいな仕事だろうか。
「ばか! これ、詐欺の片棒じゃない」
「え、え、『子』ってついているのに?」
「『子』にどんな期待してんのよ!」
「じゃあ、この『掛け子』ってのも......?」
「察し良くなって良かったわ! そう、それも詐欺よ!」
要さんを落胆させないようにと、気合を入れた途端にこれだ。
私には意固地な意地さえ貫けるに足るスペックが欠けているのだろうか。
「あはは、要。まあまあ。ね、誉ちゃん? 奨学金で選択肢はないのかなぁ? あと今更だけどふたりの大学、大きい学生寮あるんじゃなかったっけ? そこに入るとかもあるよね」
考えてないわけではなかった。
がんばれば親元から通えるし、奨学金は親の収入に基準があると聞いていたから、対象になっていないだろうと考えて端から調べてはてはいなかった。
寮については交通費も浮くし魅力的ではあったが、二年生になると抽選となる。(厳密には一年生も抽選だが倍率的にほぼ通る)
引っ越す可能性があることを考えれば、家賃はむしろ安くて、交通費を入れてほとんど変わらない格安物件との出会いは運命と思われた。寮は通学に時間をかけずに済むという魅力はあるが、都心には都心の利点もある。
一番大きな理由は、二年生になってそこに引っ越そうと思っても、空室のまま残っているとは思えなかった点だ。
まさかそれが事故物件だった、とも思いもしなかったのだが。
しかし、奨学金については再考の余地はあるかもしれない。
親の収入の基準は親元から離れれば関係がなくなるのかな?
今からでも申し込めるものなの?
「今からでも申し込めるよ」
在学中でも申し込みはあるらしい。
要さんは奨学金制度に詳しかった。
奨学金とは、特に優秀で経済的な事情を抱える学生が受けられる返済義務のない日本学生支援機構のものがなんとなくイメージされるが、受給資格を得るにはいろいろな条件がある。こちらは親の年収なども基準になるため、私は対象外だ。
だから検討すらしていなかったが、もっと基準が緩い奨学金があるそうだ。基準はあるが少し緩く、返済義務のあるもの。同じく返済義務ありで、在学生なら一様に申し込める学校の制度としての奨学金もあるらしい。返済義務の有無、有利子無利子など、給付条件の緩さに反比例し返済条件は厳しくなる。
入学前のものと申し込み方や基準は若干異なるが、私でも申し込めるそうだ。
「応募期間が決まっているのと、通ったら支給になるけど支給のタイミングも決まってるからすぐもらえるわけじゃないけどね」
それでも、数ヶ月のことなら凌げる。
「選択肢のひとつとしては良いと思うよ。でも」
よく考えるように、と。さっきまでは保護者のようだった要さんは、今度は先生のようだった。
「最近ニュースなんかでも話題になること増えてきたから知ってると思うけど、ここでいう奨学金は貰えるんじゃなくて借金だからね」
社会人になってから、毎月の給料で返済する義務がある。
繰上げ返済をしなければ二十年に亘る返済は、まだ給与の高くない新社会人たちの生活をじわりと締め付ける。
返済がために蓄えを作れず、結婚ができないなんて話や、もっとひどいと色々な事情で仕事を辞めざるを得なくなってしまった時、返済のために別の借金をするなんて負のループに陥った話なんてのもあるらしい。
「考え方次第ではあるけどね」
どうせ支出しなくてはならない費用なのだ。
先に払って後で返しているだけで、その人の人生に於ける経費の支払い額は利子分を除けば変わらない。
第一種と第二種で利子の有無が変わってくる。不利な第二種で考えたとしても、損金という意味では利子分だけ。先にまとまった資金を得る利点が利子分を上回る事例は住宅ローンにも当てはまる。
決して一方的に不利な契約を強いているわけではない。別に学校が学生を借金漬けにして利益を上げているのではないのだ。
物価の上昇や貸し倒れリスクを考えれば、学生を扶ける制度という趣旨を違えてはいないのではないだろうか。