序章 ひとつもない栄光
磨き上げてきた。
積み上げてきた。
それでも届かなかった。
それでも至らなかった。
唯一でなくとも価値はあっただろう。
随一でなくとも身を立てる術はあったはずだ。
だけど。
この小さな島国の。
世界で見ればその文化に於いて後進国の中でさえ。
ついぞただの一度も頂点を極められなかった私は。
その世界の端役の位置にもたどり着くことはできなかっただろう。
潔いと言えば美徳になるだろうか。
諦めるのも勇気とするなら、それまでの敢闘は讃えられるのだろうか。
どう解釈しても。
どう取り繕っても。
やっぱり私は、栄光を掴めなかった側の者だ。
誉と名付けられた私は、しかし栄誉に浴する者とはなれなかった。
戦いから降りたそれからの日々は、穏やかだった。
私の中の芯さえも蕩けて無くなるような、平和な日々。
すべてを研鑽に費やしてきた身としては、その安らぎに身を委ねることへの抵抗が、微かにあった。
なにか、しよう。
まだ立ち上がれる今のうちに、なにか。
焦燥感を抱えていた私は、ある日地元のお祭りで、観る側の立場を体験していた。
お祭りではステージが設けられ、地元の団体がパフォーマンスを繰り広げていた。
チアリーディング。
ヒップホップダンス。
ブラスバンド。
和太鼓。
よさこい。
そして、
サンバ。
私は、これまで何の縁も興味も無かった、なんならよく知りもしなかったそのパフォーマンスに、心惹かれるものを感じていた。
派手なダンサーたち。
ダンスの一ジャンルではあるのだろう。だけど、衣装や観客へのレスポンスなど、ダンス以外の要素による魅力がある。
羽飾りを身につけた、よくあるサンバのイメージのダンサーとは別に、大きなスカートで回ったり揺れたりするダンスを踊るダンサー、大きな旗を持つ男女のペアダンサー、スーツスタイルのダンサーなど、多彩な種類のダンサーがいた。
それぞれ複数人ずつ。
バンドがいて、ヴォーカルがいた。
多くの打楽器の奏者がいた。
それをコントロールする指揮者がいた。
さて。この集団の主役は誰だろうか?
派手なダンサー?
旗の男女も特別感がある。
通常バンドのフロントマンといえばヴォーカル?
楽団を指揮する指揮者?
和太鼓のように大きな音でリズムの基礎となる大太鼓?
高く早いピッチでダンサーに高速のステップを踏ませる小太鼓?
今あげたうちのほとんどが複数名の編成だ。
明確な主役を決めにくい。けど、誰もが主役ともいえ、それぞれに見せ場があった。
見せ場は、パフォーマンスの構成上意図して作られたものもあれば、観る人の見ているポイント、見たい対象によってそれぞれに作られる場合もある。
こんな変幻自在な世界もあるのか。
これまで、秩序の中で序列を競っていた私は、混沌の中の自由な競い合いに、興味を惹かれたのかもしれない。
私は唯一でも随一でもなくとも、必須な存在のひとつとなれる、この世界に入ってみたいと思った。
やるなら、あの大きな太鼓かな。
お祭りで手に入れたサンバチームのリーフレットに記載されていたメールアドレスに、私はその日のうちに見学希望のメールを送っていた。