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【登攀者に与えられるもの。登攀者が与えられるもの】

 わたしはほまれちゃんが、勝負や競技の世界では「優しすぎる」ことが、最後の最後、際の際で弱点になってしまったのではないだろうかと思っている。

 先生たちからも似たような感想をため息と悔恨の表情を伴ったつぶやきとして聞いたこともあった。


 それは間違いは無いのだろうけど、その「優しすぎる」日常生活では美徳となる性質は、競技外の、例えばわたしへのケアとか、そういうところに使われていたことも、突き詰めれば弱点となってしまっていたのではないだろうか。

 先生たちが注意するのも当たり前で、他人にかまけた分だけ自分の準備が疎かになる。



 もし、わたしがいなければ。



 自分のためだけに総ての時間を使えてさえいれば、多少の競技向きではない性格など凌駕できたのではないだろうか。「勝つ」という気概と、目に見えるような、わかりやすい「情熱」に乏しいだけで、メンタルはどちらかと言えば強い方のほまれちゃん。

 圧倒的な実力を十全に発揮しているだけで、国内では敵無しだったのでは。



 なんて、詮無いことを考えてしまう。



 ほまれちゃんからは、「たとえそうだったとしても、海外ではやっぱり通用しなかったよ」と、さっぱりした顔で言われたときも、わたしは(また気を使わせちゃってるかも……)と思った。

 どうやってもわたしは、わたし軸で考えてしまっていたのだ。



 そして、件のイベント。


 とても楽しかった。


 のぞみやほまれちゃんと一緒に取り組めたことは、とても嬉しかった。



 けれど。


 それは、きっと、ほまれちゃんが、わたしのために用意してくれたものだから。


 少々図々しい思い込みだし、それだけではないこともわかっているけれど、それでも、ほまれちゃんがあのイベントを立ち上げるに際して、わたしのことを考えてくれていたことは、わかった。



 そのイベントの話が立ち上がる少し前。

 帰国したばかりのわたしは、ほまれちゃんに会っていた。

 そこで、無邪気にあれしたいこれしたいと、甘えたようなことを言った。

 甘えていることは承知の上で、久しぶりに会った姉のような相手に、「甘える」ということそのものをやりたかったのだ。

 だから、そのほとんどが実現していないことはあまり問題ではない。

 むしろ、将来やりたいことがたくさん残っていると、楽しみでしかない。


 それでもほまれちゃんは、たくさんの実現が難しいなら、ひとつでも大きなものを実現させたいと思ってくれた。


 そうした思想を根底に敷いて立ち上げられたイベントは、わたしにとっての一生の思い出だ。


 のぞみと一緒に準備をして。

 同じ演目で踊って。

 のぞみの頑張っている姿を客席で観て。



 そして、ほまれちゃんと一緒に、踊れた。

 もう、叶うことは無いと思っていたのに。



 極限まで集中していたはずの舞台で。

 なのに途中で感極まって。

 見つめたほまれちゃんの顔がぼやけた。

 それでも何とか堪えて踊り切った。



 踊り終えて、音が消え、照明が消え。

 遅れてきた万雷の拍手と喝采の音を浴びながら、ほまれちゃんと抱き合ったとき、もう我慢はできなかった。


 離れるとき、汗をぬぐう動きで一緒に拭いたから、気付かれてはいないと思う。


 その時に、思ったんだ。


 わたしはどれだけのものをほまれちゃんから授けられてきたのだろう。


 わたしがほまれちゃんに受け取ってもらえるものはあるのだろうか。


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