火照りを抱えながら
デ! ドン! カカッ! デデ! ドンッ! カカカッ!
終幕へ向かう高速の打音の中。
フィギュアスケートの選手のようにスピンしながら回転速度を上げていくマレ。
速度は速いのに、優雅でゆったりとした余裕が見えた。
控室まで続く廊下では、まだ会場からの拍手が届いていた。
先ほどまで涼しい顔をしていたマレは池にでも落ちて上がってきたばかりのように、拭き出した汗でびしょ濡れだった。
火照った身体からは湯気すら立ち上がりそうなことを考えれば、落ちたのは池ではなく温泉か。
マレのダンスは一回一回が凄まじいほどの集中によって世界を創り上げている。
消耗も計り知れない。集中力が限界を超えた身体を動かしていたとしたら、舞台が終わり集中が途切れた途端に身体が動かなくなることもあっただろう。
私はスルドを抱えながらも、一応は歩けているが少々心許無いマレに寄り添うようにしながら控室へと歩く。
数秒の距離なのに妙に遠くに思えた。
「ほまれちゃん、わかった……?」
「……もしかして、私?」
マレがゆっくりと呼吸を整えながら発した、具体性の無い問いに、私は疑問符を付けながらも、思い至っていた仮説を答えた。
「ふふ。さすが……」
疲労困憊の表情で、マレはそれだけを言った。
マレに、私はあんな風に捉えられていた。
嬉しくもこそばゆくもあるが、最も大きい感情は、「相応しい者であるように」という気負いだ。
控室に着き、空いていたパイプ椅子にふたりで並んで座った。
「私は……」
「わたし、先に喋って良い?」
マレが私の言葉に被せた。私は頷く。
「さっきの振り、本当はちょっと悩んでた。ほまれちゃんにとってバレエって今どういう位置づけなんだろうって。前は、ダンスそのものから遠ざかっていたように思えた。でも、このイベントでもだけど、踊ることに抵抗はない感じがして……取り付く島もないくらい拒絶しているのでは無さそうだって思えて……それなら、もしかしたらほまれちゃんには嫌なこと思い出させちゃうかもしれないけど、それでも伝えたい、伝わったら良いなって思ったの」
「私、マレのお陰で再認識できた。私はやっぱりバレエ、好きだったんだって。そして、バレエが好きだった自分のことも、ちょっと好きになったよ」
マレの顔が明らかに安堵に包まれた。
マレは綻んだ顔のまま続ける。
「良かった。わたしはバレエが好きなほまれちゃんに憧れていた。ほまれちゃんのバレエに焦がれていた。でも、それとは関係なく、ほまれちゃんがバレエを好きでもそうじゃなかったとしても、わたしはほまれちゃんが好き。ほまれちゃん自身が、過去のほまれちゃんになにか……抱えているものがあるというか、気にしているというか……引っ掛かりみたいのを持っているように思えたから。それがちょっと気になってた」
「え、あ、そっか、そんな風に思わせちゃってたか……ごめん」
うぅむ……私はマレを気にしていたつもりだったけど、マレも私を気にしていたのか。
私はまだまだ要さんやいのりみたいな、しっかりしたお姉さんにはなれないなぁ。
「いいの、ほまれちゃんだってわたしのこと気にしてくれてたでしょ?」
い、それもバレバレだったってこと?
もうちょっとがんばんなきゃだめだな私は。