熱と湖
さっきまでの喧騒とは打って変わり、ステージを鑑賞する空気になっているフロア。
ざわつきや時折響く歓声。
開演直前のライブ会場のような雰囲気のフロアに、スルドの音が鳴り響く。
スルドのリズムが早まっていく。
早まるリズムに浮かされるように、フロアが静かに沸き立つ。
フロアのテンションが、ゆっくりと熱を帯びていく。
熱しにくい金属が、じわじわと高温になるように。
得てしてそのような特性の物質は、熱されたら冷めにくい。
早まる演奏と、高まるフロアの熱気。それが重なるタイミングに登場したマレに依って、フロアの熱気は一気に急騰! フロアは熱狂の渦に巻き込まれるーーものと思っていたのだが......。
私とマレふたりだけのユニット。
音を担うのは私のスルドのみだ。
魅せるべきはマレのダンス。
私はそのための基礎の音を叩く。
普段はテルセイラとして、多彩なリズムを刻んでいるが、今はあくまでも根源となる音を、強く、大きく鳴らす。
デン! ドン! デン! ドン!
大きな音で踊っているのに。
なぜ静けさを感じるのだろう。
それは、みんなマレに呑まれているからだ。
そう、そうだ。そうだった。
これが、マレのダンス。
かつて目の当たりにした。
私には辿り着けない領域を身体だけでなく、その身を包む空気をも一部とした表現。
それは、私からバレエを諦めさせるきっかけになったが、私に、私が好きになったバレエには、私が想像し得ない、到達し得ない世界が、想像を絶するほどの奥底に続いているのだと気付かせてくれた。
諦めはしたけど、好きになったものの深淵の果てしなさに感動と満足を、私は覚えていたのだ。
皆も観るが良い。
そして、その身を焦がせ。
マレの地を這うような熱よ、会場を熱くしろ。
静かだったフロアは静けさはそのままに。
しかし確かに確実に、熱気は充満していった。
熱狂とは違う、ひりつくような、熱。
マレの秘めた熱が、指先からつま先から、目から身体から、発されるように、私は焦燥感を駆り立てるようにスルドを叩く。
一定に鳴らしていたリズムに、アクセントを加える。
マレの瞳が妖しく燃えて。
マレのダンスはしなやかな華やかささえ、激しさを内包したものへと変わっていった。
それでも。
これだけ鬼気迫る舞踏であっても。
その裡にはやはり静けさが据わっているように感じた。
(…………これって、もしかして……)
デン! デドン! デン! デドン!
スルドの音に合わせ、力強く大地を踏み鳴らすマレ。
しかしゆっくりにも見える動きで滑らかに天へと伸ばされた右手。
音に合わせ開かれた指は花が綻ぶようで。
マレと、目が合った。
マレがふと、微笑んだような気がした。
(やっぱり、そうだ。この子、私を演じてる……!)
一部のルーティーンに私が良く使っていたものを取り入れていたから。だけじゃない。
それだけでは、それが、何を演じているか、はわからない。
自分のことなんて自分では分かり難いものだが、それでも、これが私だってことは、何かわかってしまった。
熱いのに。
激しさを秘めているのが伝わってくるのに。
表現されるその姿は、あくまでも穏やかで優しく、優美。
ステージ上を美しく舞うマレの姿が、私を演じているなどというのは図々しいだろうけど、それでも、そう思ってしまったのだ。