『まれほまれ』実演
会場はだいぶ盛り上がった。
その熱気を引き継ぐのは、全員を巻き込む類の宴会芸の定番になりつつある「マッサンサンバ」。『ソルエス』ではヴィオライオンやギターを担当するマッサンが中心となり、腰元ダンサーズを従え派手な演出で『マツケンサンバ』を歌い踊るというもの。マッサンの名だけを拠り所に組み込まれたやけっぱちな演目だ。演目の性質上、観客も最初から総立ちで一緒に踊る想定だ。
私も観客の立場で何にも考えないで踊りたい! が、肩で息をしている私は、いのりたちとハイタッチをしながらも急いで控室に戻る。呼吸を整えつつ、次の『まれほまれ』の準備をしなくてはならない。出番はマツケンサンバの次だった。
マレは既に着替えを終えている。マツケンサンバをほどほどに楽しんだら、スタンバイエリアに行くつもりだろう。割とギリ迄フロアに居ようとしているあたり、さすが肝が据わっている。
ダンサーであるマレを際立たせるスルド奏者という立ち位置の私の衣装はシンプルなものだ。昨年つくったというエスコーラロングシャツと白いボトムスにシューズ、エスコーラパナマ帽子という出で立ちでスタンバイエリアへと急いだ。
「ほまれちゃん! 良かった、間に合わないかと思ったぁ」
マレもすでに控えている。
わたしはマレを肝が据わっていると評したが、そんなマレを心配させてしまうくらい、わたしってのんびりしてるのだろうか。
マツケンサンバは意外と長い。が、そろそろクライマックスの雰囲気だ。
『confusão』から『マッサンサンバ』が会場の盛り上がりを引き継いで加速させる流れだとすれば、『マッサンサンバ』から『まれほまれ』は緩急だ。
トイレタイムにされてしまうのは不本意だが、数曲踊り続けている観客たちを休ませながらも惹き込みたい。
会場に最後の『オーレィ!』の声が響く。
「マレ!」「うん」こぶしを合わせ、私はスルドを抱えて駆け足で指定位置に着く。
「引き継ぎ」ではなく「緩急」だから、慌てて始めなくても良い。
敢えて一拍置いて緊張感を高める。
デン! ドン! デデデデ! ドンドン! デデ! カカッ! ドドッ! カカカッ!
先ほどまでの狂騒と比べると、会場は静寂だった。なんとなくステージを眺めていた人たちの注目が集まる。
打楽器のソロは、ダンスとはまた異なる緊張感がある。
自分の踊っている姿は自分では見えないが、自分の奏でた音は自ら聴くことができるからだろうか。
スルドの刻むリズムが細かく複雑になる。
一時散漫となりかかっていた会場は、スルドが速度を上げるに従って耳も目も会場に集まってきている。
私のひとり舞台はここまで。
ここからが本番だ。
ドドン!
ひときわ大きな連続音を合図に、マレが音に乗って登場した。
スルドのリズムのみの演舞だ。
滑らかな肢体から、根源に迫るような原初の打楽器音に乗せて、マレは躍動する。
大きく強い音なのに、静か。
激しく躍動しているのに、静邃。
細かい一音一音にも身体を合わせているマレ。
ダンスでありながら音楽そのものであった。
コンテンポラリーに近い構成は現代アートのようで、ともすれば「よくわからない」ものになりそうな、“表現”は、マレ特有の気魄も重なって、場内が息をのむ鬼気迫るものとなっていた。