早暁の空へ
気付けばイベントまで残り日数は数えるほどになっていた。
準備には可能な限り時間を使ったつもりだ。
万全、とは言えないかもしれない。けれど、不足なく実行するうえで必要充分には至っていると評価して差し支えないはずだ。
事前の告知や会場の環境など開催に於ける物理的な準備は主催を請け負ってくれたDJが取り仕切ってくれている。
私も確認や『ソルエス』及び『ソルエス』内の各パートリーダーへの情報の橋渡しを担う部分もあったが、ほぼ問題なくスムーズに進んでいた。
問題はパフォーマンスの完成度だ。
振り付けも構成も連携も頭に入っているし身体に身に付いてもいる。
しかし、練習に終わりはない。追求すればするだけ完成度は高まるのだから。後はどこまでやるか、やれるか、だが、時間制限がある以上、身体を壊さないよう注意しながら、やれるだけやるというのが正解なのだろう。
やれるだけ、を判断するに於いては、身体の部分は自己分析と評価に依る。必ずしも自己判断が正しいとは限らない。……マレは留学先で、そこを見誤って怪我を得たのだから。
(マレはもう怪我の影響はないと言っていたし、実際練習も何の問題も無かった。マレはあの気質だ。ある意味お楽しみ会の今回のイベントでも、マレはやるからには完成とは高めるだけ高めたいと考えている。空き時間があれば練習したがっていたけど……)
私だってかつてはバレエで表現者として、今はバテリアの奏者として、観客に真摯であろうと思っている。
弛まぬ練習はやぶさかではないが、オーバーワークになっていはしないかを、見せるに能うレベルに至っているかどうかとのバランスをみながら判断する必要がある。
(今日は……休む日にしよう)
本番前に一度いのりの家でこの前のメンバー全員で練習する日を設けてある。
その日に、自身が参加する演目は一通り最終チェックできる予定だ。練度的にはそれで充分と思えた。
残りの日数は心身の休息や、衣装の修正などの作業、当日の準備に充てるということで良いはずだ。
河川敷に着いた私は土手に登った。
その周辺には高い建物はなく、どこまでも広がる空を見渡すことができた。
東からは、既に燃える塊がその姿を全て露にしており、空を染め上げるべく輝きを増している。
明るい青空と光の持つ熱を現したかのような雲の赤みのコントラストがきれいだった。
逆側の空には、追いやられた闇の残滓。
黒よりも深かった夜の面影は僅に残るばかりだったが、こちらの空の雲は蔭となり、夜空よりも黒く、空の下に広がる町並みも影法師のようだった。
同時に、両方存在して良いのだ。
なんとなくそんな風なことを思った。
家に戻ろう。
まだ要さんは夢の中だろうか。
二日酔いや体調不良があるかもしれない。
今日は要さんを介護しよう。
今日という、自らの生産性に関わることは何もしないと決めた一日が、なんだか楽しみになった。