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日常へと戻る

 明らかに駅に向かうであろう人々の存在を認めた私は、当然の結論に辿り着く。

 そのことを要さんに伝えたくて。


「あれ、上杉先輩、そろそろ電車動いてるっぽい?」


 つい、今しがた決めた、名前で呼ぶと言う決め事が抜けてしまった。


「色部ぇ……」


 要さんが恨めしそうな顔をむけてくる。

 申し訳ないが、こういうところもある意味お茶目で可愛いらしい。高校時代はもう少し厳然としたとっつきにくさがあった気がするが、今は見る影もない。

 しかし、数年に渡って呼んできた呼び名を急に変えるのは難しそうだ。これからも折に触れ呼び慣れた呼び名で呼んでしまい、その都度指摘を受けるのだろう。それはそれで、なんか良いなと思った。


「あ、えと、要、さんっ?」


「よし! ――んー。そうみたいね。とりあえず駅に行ってみよっか」



 ベンチを立ち、ふたりで駅へと向かう。



「誉。学生の本分は学業。大学生は暇って言われるけど、試験対策やレポート、就活も考えたら意外と忙しいんだよ」

 要さんは前を向いたまま少し真面目なトーンで話しはじめた。

 繁華街の早朝の通りに侵入してくる自動車はほとんどいないが、要さんは車道側を歩いてくれていた。


「バイトもあるだろうし、誉の場合はサンバやってるしね。あれ、まだ続けてるんだっけ?」一旦休会しているけど、再開したいと思っていることを伝えた。



「それでもね。できることが増えて、世界が広がるこの時期でしかできないこと、できるだけやっていこうよ」

 誉はさ、頑張っているし、飲み込んできたこともあるだろうし、痕に残る傷を抱えてもいるのだと思う。


 そう呟くように言い続けている要さんの目線は変わらない。



 駅に着いた。

 どうやら始発はもう動いているようだ。


 バッグからICカードを出そうと一瞬立ち止まったとき、要さんはわたしの目を見た。


「だから。楽しんで良い時は、忘れられないことだって一旦どこかに棚上げしてでも、思いっきり楽しんでほしい」


 力強い言葉に、私は頷いた。


 新生活に浮足立っていた私の心の奥底に隠れていた、隠していた小さな淀み。それが無くなったわけではないが、それを抱えたまま生きていくことに、漠然とした勇気をもらえたような気がした。






 あの時も。いや、あの時から。それも否。


 要さんは私が委員会に入ったときから、陰に日向に私を守ってくれていた。






 ーーあの日を思わせる空をもっと見たくて。


 秒単位で姿を変えていく空と溶け合いたくて。


 私は河川敷まで歩くことにした。



 徒歩で行くには少々時間が掛かるが、夜と朝の境界が空に現れている頃には辿り着けるだろう。



 この時期にしてはまだ湿度が低く、気温が上がる前。

 本格的に動き出す前の束の間の静かな街は、身体を動かしながら考えをまとめるのに適していた。

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