思い出の中の要さん
運動部の過半数が結託し、生徒会副会長を抱き込んで押し通そうとしていた「学生生活品質向上計画」。
一件耳触りの良いその計画は、学校と近隣の大型スポーツジムとの提携を旨としたもので、その資金の源泉は生徒会費となっていた。
はっきりいえば、運動部に所属している一部の生徒にとってメリットの大きい、学校全体から見れば偏りのある施策だ。
看過できないと考えた要さんをはじめとした会計委員が主導し、その計画に不公平感を募らせていたほとんどの文化部をまとめあげ、中立だった生徒会長、無関心だった残りの運動部も引き込み、原則生徒会費の運用については生徒会の判断に任せるとしていた教師陣の支持も取り付け、計画を叩き潰したときも、反発する運動部から私や本庄先輩を守ってくれたのは要さんだった。
まあ、計画の反対勢力の急先鋒もまた要さんだったから、私と本条さんは巻き込まれたと言えなくもないが、要さんの主張は理に適っていたし、私も本庄先輩も要さんと同じ意見だったからそこは構わない。
要さんは助けてくれるだけでなく、しっかり私たちを教育してくれた。
委員は毎年、前期後期で刷新されるが、都度ノウハウやナレッジが分断してしまうので原則前任者が継続する形をとる。
一年生で委員になれば、その年の後期、二年生前期後期、三年生の前期、まで同じ委員を務めることとなるのが通例だ。
私は要さんの教育をしっかり受けたおかげで、要さんが退任した後も会計チームは何とかやってこれた。
金銭という重要なものを扱う部門だが、ちょっとしたミスを除けば、何の事故も不備も起こさずに任期を終えることができた。後輩のこともきちんと育てられたと思う。三年生の後期に退任して以来今に至るまで、会計委員を継いだ後輩とは時折連絡を取っていたが、細かい愚痴はあるも大きな問題の勃発は聞いたことがない。
高校時代の思い出の要さんは、理知的で、論理性を伴ったバランスの取れた正義感に溢れ、牽引力のある頼れる先輩で、憧れの先輩でもあった。
今、隣をふらふら歩く要さん。
お酒を飲むようになり、呼び方が上杉先輩から要さんに変わり、成り行きだけど一緒に住むようになり、同じバイトもするようになり、酔って無防備な姿を見せてくれるようになった要さん。
距離感は近くなっても、目標にしたい先輩であることは変わらない。
私は要さんのようにできているだろうか。できてきただろうか。
自信はない。だから、まだ、要さんの近くで、要さんから学びたい。それは、いつか要さんへ恩返しをするためにも。要さんが、私をみて安心してくれるようになるためにも。
おでん屋の女将さん曰く、今日の要さんの上機嫌は私の成長によるものとの言葉が本当ならば、私も少しずつは成長しているのかな。