撃退
上杉先輩の怒気に当てられた男子生徒はわかりやすく感情的になっていた。
「だから! 話にならないから三年か先生って言ったんだ。三年のお前でも話にならないみたいだから、先生と直接会話させてくれよ」
私のテーブルを叩いて怒鳴るサイド刈り上げ。
大きな音にビクッとしてしまった。モノを叩くとか、大きな音を出すとか、威嚇なんてすればするほど己の小ささを証明するようなものだ。弱い動物のように。
彼の怒りは、ある意味要さんの手により戦略的に引き出されたものだと思った。
少し手前で淡々と説いた要さんのロジックの中で、自分たちが真剣に取り組んでいる部活を『球遊び』扱いされた時から苛立っていたのはわかった。それがピークを越えたのだろう。
要さんのその嫌味さえ、元々はその男子生徒が他の部活を下に見るような発言に対しての意趣返しなのだから、その怒りがすでに矛盾を孕んでいるのだが。
自らが大切にしているものを貶められて怒るなら、他者が大切にしているものを貶めるべきじゃない。
「一年だ三年だ先生だ、うるさいわね!」
声を荒げる男子生徒に、負けない声で一括した要さん。
「こっちは首尾一貫、誰が言おうが同じことしか言っていないわけ。色部でも先生でも、結論は変わらないってことがわからない? お前の理解力の無さを棚上げして説明側に求めんなよ。少なくても、どれだけごねたって思い通りになんてならないから」
「んだっ、その言葉遣い……!」
「先に荒い言葉使ったのはそっちでしょう? 男はそういう言葉使って良くて、女はダメみたいなゴミみたいな価値観持ってないでしょーね? 役割ではあるし仕事でもあるけど、別にお前らから報酬貰ってやっている仕事でもなし、こっちも同じ立場の一学生だからね。我慢も配慮もする気ないわ。無礼な相手に気なんて一切使わない!」
決して声は荒げていないけれど、要さんの啖呵には迫力があった。
私よりも十五センチは高いふたりの男性に、私よりも少し背の低い要さんは一歩も引かずに対峙していた。私の前に立ちはだかり、自分よりもあたま一つ大きい男性を相手取る要さんはとても格好良かった。
要さんの迫力に圧されたふたりは少しうろたえ、次の句も繋げないでいた。
無意味な平行線を終わらせるため、要さんは彼らをわざと爆発させ、それを力で押さえ込み気勢を萎えさせ。
要さんはゆっくり息を吐き、
「難易度に差があるのはわかるわ。でも、その差はプレイヤー自身が選んだもので、その差によって得られるベネフィットも享受するのでしょう? 例えば人気とか、将来の選択肢とか。それはそれで得ておきながら、別の基準で設けられたものまで、あなたたちにとっての都合の良い基準で設定されるべきというのは傲慢だし、設定した側にそれに対応しなくてはならない根拠も大儀も無い」
相変わらず毅然とした物言いではあるものの、含んで聞かせるような言い方で説いた。
気勢の落ちた相手に静かに理を説く。
感情的になっている相手には届かなくても、この状況なら多少は理屈が浸透しやすい。
「競技人口の多い野球の甲子園だって、うちの基準じゃ同じ全国大会って扱いにしてるのよ? 将棋やフィギュアスケートみたいに、彗星のように現れたスターの影響で競技人口が爆発的に増えることもある。増えればその分だけ全国への壁は厚くなる。その都度設定を変えるのもおかしいでしょう? どうしてもこの制度に納得がいかないなら、その制度に異議を唱える権利はある。変えたいなら、体制側が納得できる論拠や根拠を示せば良い。それをするのもあなたたちの自由。ただ、ここで駄々をこねていても何も変わらないことだけは確かよ」
ふたりは、最終的には「わかったよ」と、やや不貞腐れた態は装いながらも、おとなしく帰っていった。