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『まれほまれ』

 時間は驚くほどの急ぎ足で通り過ぎていく。

 マレのやりたいことをできるだけ叶えようと思っていたが、そのほとんどは棚上げになっていた。

 とにかくイベント本番まで、空いている時間は打合せと練習を詰め込んだ。余興とは言え、マレに心の底から楽しんでもらうのだ。マレに魅せる演目も、マレと一緒にやる演目も、バレエに於いて国内の同世代ではトップダンサーのひとりであるマレが満足するためには、完成度に一定以上の水準が求められる。

 その練習のほとんどは、マレと一緒だった。

 マレが望んだ、できるだけ私と一緒に遊びたいという大元の希望には応えられている。

 練習におけるマレの笑顔には蔭はなく、のびのびと身体を動かしているように見えた。


『まれほまれ』では、私とマレのワンオンワンで、対話するようなパフォーマンスを目指した。自ずと練習も、音と舞踊による言葉に依らない対話を重ねるように取り組んだ。

 音の強さによる迫力と、マレの静かながら鬼気迫るバレエの演舞を重ねて観る者を圧倒し。

 スルド一本ながら多彩な音を鳴らす技術と、マレの卓越したバレエの技術によるパフォーマンスで場を沸かす。

 大雑把に言えば、そのような意図で構成を組んだ。

 たったふたりによる、単純な構造の芸だ。打楽器の音ひとつひとつ、ダンサーの挙動ひとつひとつの質がそのまま芸の出来に直結する。

 ペアダンスの演者のように、お互いの理解度を深めることも念頭に置いて練習をした。


「この演目は、ふたりとも主張する感じでいこうよ」


 具体的にどんな内容にするのかを打ち合わせしていた時のマレの言葉だ。

 お互いを目立たせる、という単純な意味ではない。込めた意図の話だった。


 ダンサーは、在る音をその身に受け、感じるままに身体を躍動させる。

 しかし時には楽曲の意味を読み込み理解し解釈してダンスで表現するのがダンサーだ。バレエダンサーに於いては、ある程度決まっている解釈の範囲の中で、積み上げられた様式美を正確に表すために、技術と表現力を磨く。その上で、ハイレベルなダンサーであればその個性を載せることができる。

 ある意味ダンサーが思い思いの主張をするようなジャンルではないと言えるバレエダンサーのマレが、自分を出すダンスを踊りたいのだと言った。


 打楽器もまた、思い思いの好きな音を鳴らすこともあれば、定まった範疇にて、譜面と指揮者の表現する世界を、その技術を以て再現する役割を担うこともある。

 マレとしては、『打楽器がダンサーを躍らせている』という、主が打楽器、従がダンサーという意識で演奏してほしいとのことだった。


 ダンサーは音を従えて踊り。

 打楽器は、ダンサーを躍らせるべく音を鳴らす。


 ぶつかり合うのではなく、お互いがその意識で望みながら、融合出来たら気持ちいいだろうなというのがマレの考えだった。

 多分に感覚的な内容であるが、私には理解できた。

 マレと私の関係性なら、それはできるのではと思い、練習に挑んでいる。


 このイベントの後、少し先の未来でマレが望んでいる、ふたりで一緒に配信するということも、そのレベルで組めていれば見応えのあるコンテンツが作れるのではという感覚もあった。


 いのりのスタジオは、彼女が配信をする際にも使われていて、動画や写真を撮影するための設備や環境も整っている。

いのりに機材を借りて、息抜きに『まれほまれ』のアイコンとしても使えるアーティスト写真のような画像も撮影した。

ひとときひとときが、楽しかった。



 あの日、私を慕うその手を離し、熾烈な世界に身を置き続ける妹分に心細い思いをさせたことが罪ならば。

 その罪は私の背負うべき罪だ。それを抱え続けることが、私に与えられた罰なのだと思っている。罪は罰によって贖えるならば、代替行為の提供や相手の許容で赦されることで贖えたと見做すのは都合がよすぎる。

贖おうとすることそのものが、そもそも自己中心的だ。

 だから私は、この取り組みで、その関係性で、贖おうとも、購えるとも思ってはいない。

ただ単純に、マレが笑顔になってくれたら、マレが居るその熾烈な世界で、起つために必要な力の一部にでもなれたら、私もまた、罰を抱えながらも、この先起ち続けられると。

撮影した画像を嬉しそうに見せてくる屈託のないマレの顔を見て、そう思ったんだ。

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