自己紹介(いのり、アリスン)
今回のイベントはある意味余興に過ぎない。そのための集まりの、気軽な決起会中ではあったが、期せずして実はハイレベルなエスコーラに所属しているのだという気付きに、私は秘かに気を引き締めていた。
そんな私の内心など関係なく、場は進んで行く。
「次は私だね。いのりです。大学二年生。がんちゃんの後を追ってスルド始めました。今ではブラジル行くくらい楽しんでます! 好きな食べ物はシチューとハムサンド。あと私もからしーふーど好きです。推しは……リスかなぁ? たぬき?」
いや、がんちゃんを見てるよね?
本人は積極的に開示をしていないが、妹に対する強い愛情は、彼女の個性のひとつとして認められているようだった。
いのりの凄さはこの自己紹介では語られなかった部分だろう。
経営、運営、企画、営業、集客、集金……おおよそ学生とは思えない分野の能力に長けていて、まだチーム歴は浅いながら、既に根幹を支えるメンバーのひとりになっているようだった。
ビジネス能力だけではなく、かつて吹奏楽部だったこともあるからか、音楽の分野でも多岐に亘る才能を発揮し、パフォーマーとしてもスルド奏者に加え、多彩な役割で人材が潤沢とは言えないチーム内にて必要な役割を臨機応変に担ってもいる。
今回のこの企画も、私が原案の発案者となっているが、いのりの扶けは多分に受けていた。
「シチューってぼたんなべのこと?」
「私イノシシじゃない! いや、イノシシだったとして、好物にイノシシの鍋挙げるのおかしいし、シチューって言ってるんだから鍋って訊くのおかしいし、イノシシだったとしてってのもよく考えたらおかしいし、いのこって呼んでるのるいぷるだけだからね?」
すごいなるいぷる。たった一言であんなに間違えているポイントがあるってことだ。いのりがあんな感じになるのも恐らくかなり珍しい。るいぷるのみになせる業だろう。
いのりからの長め指摘を受け、るいぷるはなぜか満足そうに「くぅー、たまらんのぅ」などと言っている。どういう情緒だろう。
いのりとるいぷるの騒がしさなど気にもせず、アリスンが立ち上がる。ふわりと金糸のような髪が揺れた。
立っただけなのに絵になるなぁ。
「アリスンです。スウェーデン出身です。ルイとは同じ高校の軽音部で一緒にバンドやっています。『ソルエス』でバンド隊に所属しているKOHとタローも一緒です。バンドではベースとヴォーカルです。好きな食べ物はサーモンで、推しはMINAMIです」
西洋のお人形さんのような見た目に反し、よどみない日本語ですらっと紹介を終えたアリスン。
「サーモン! わたしもそれすっきやん! あれ? わたし好きな食べ物とか言えてなくない? わたしも! サーモン! 好きなの! ねーねー、今度とろサーモンレアカツ丼食べいこーよー」
え、なにそれおいしそう。
なんでも代々木にあるシーフードバーで食べられるそうだ。美味しいものが食べられるお店やおしゃれそうなお店に詳しいところは、さすが広告代理店勤めの大人の女性だな。
と思ったが、まだサーモンのくだりでアリスンにだる絡みしているるいぷる。
そんなるいぷるにも、にこにこしながら「サーモンおいしいよね。いくらも良いよね」と、あくまでも平常心。あくまでもスタンスを崩さない。アリスンもなかなかのメンタルの持ち主なのかもしれない。
「あー、さーもんたべたぁい……買ってくればよかったぁ」
るいぷるは本気でサーモンが好きだったようで、もうずっとサーモンのことを言っている。もう誰も相手にはしていない。