事故物件
私の代理として、要さんは営業担当者と話してくれた。
その場で一旦私に代わり、簡単な本人確認をした上で、改めて電話を私から奪って話を訊いていた。
私が会話を進めるのは頼りないと思われたのだろう。自業自得だけど。
要約すると、本気の事故物件だった。
前の入居者は自殺で亡くなったと言う。
恐ろしいのは、その方には自殺するような背景が見当たらなかったと近親者が語っていたこと。
そして、その前の入居者は人の手にかかり非業の死を遂げたこと。
さらに怪談染みているのは、その両名とも部屋内の同じような位置で亡くなっていたなんて噂まであった。
説明義務とはそこまで話す必要があるのかわからないが、営業担当は細かく説明してくれたらしい。
既に契約済みだから何もかも話してくれたのかもしれないし、人の死に関わる心理的瑕疵についての説明は直近のみで良いと聞いたことがあるがそれが誤解なのか、とにかく質問には隠さず答えてくれたようだ。
でも、やっぱり、そこまで具体的な説明は聞いた覚えがない。
「訳ありなんです」程度の説明しかなされていなく、更にそれをさらっと聞き流してしまったと言うことだろうか。
「まあ、物理的瑕疵や環境的な瑕疵ではないから。生活や安全に直結する不都合はないみたいだし? 気にならなければ良い条件の物件に格安で住めてるって考えれば、悪くはない、のかな?」
「いや、気にならなくない、です......」
「ん? 誉、幽霊とか信じてるんだっけ?」
「信じてるわけじゃないですけど......」
「別に霊感あるとか、無いよね?」
「霊とか見たことない、です......」
「んー、それならとりあえずは......」
「......」
そう言う問題じゃない気が......。
「そんな怯えないでよ⁉︎ 今特に何か起こったりもしてないんでしょ?」
「それは、そうなんですけど......」
幽霊を信じていてもいなくても、実際に存在していてもいなくても、何かが実際に起こっていてもいなくても、怖いものは怖い。
「そもそも、家決める時ちゃんと聴いてなかったからでしょ? とにかく、今すぐにどうこうできるものではないんだから、まずどうするか考えよ? 住み続けるの無理? だよね、そんな怖いんじゃ。だとしたら、引っ越しを前提に考えなきゃならない。引っ越し先を探さなきゃだし、費用も用意しなきゃ。お金どれくらいあるの?」
「五十万くらい......」
「厳しいね......誉、預貯金とかしっかりしてるイメージあったけど......」
だって勉強とサンバでバイトはしてなかったし。
親には昔お金使わせちゃってたし、受験でも結構お金かかったはずだから、必需品とか、どうしてもの時以外はお小遣い貰わないようにしてたから。
「そうなると、バイト決めるってのも急がないとね。そもそも暮らすだけでもその貯金じゃ数ヶ月しかもたないし。仕事決めてとにかくまずは引っ越し費用稼いで、なるべく早めに今の家出られるようにがんばろ?」
それしか無い、のはわかっている。
でも、怖すぎる。
要さんに訊きたいことはもうひとつあったのだが、それどころではなくなってしまった。
とにかくはやく引っ越せるように色々と進めていかないと。
気が重かった。
身も心も休めるはずの我が家が、最も居たくない場所に変わってしまったのだから。