偶然の再会
それは、のんちゃんとの出会いほどの偶然ではない。
『Three ducks』まで歩いて行ける距離だ。
地域に根差したエスコーラに所属しているメンバーなら、同じ地域の飲食店を利用することはむしろ自然で、店舗の従業員と顧客という関係性だって珍しいとまでは言えないだろう。
とはいえ、同じ日に同じ場所で同じような驚きを与えられるとは。
その男性はプレヂのハルと、もう一人の男性ダンサーと並んでちょっとしたコレオの練習をしている。
彼もマランドロというスタイルのダンサーなのだろう。私に気付いている様子はない。
お店では、どこかで見かけたことがあると思っていた。
そうか、次に入るエスコーラ探しで『ソルエス』のホームページやSNSを見ているときに、写真等に写っていたのが記憶に残っていたのか。
「あの、先日は」
休憩時間に入り、私はその男性――アキちゃんに声を掛けた。
アキちゃんは一瞬ピンと来ていない様子だったが、すぐに思い出してくれたようで、「あー、ああ」と、言葉にはなっていない言葉で応えてくれた。
大きなリアクションではないが、それなりに驚いてはいるようだ。まあそれはそうだろう。外部で知り合いだった人が実はサンビスタだったという偶然すら、無くはないはずの偶然だろうけど私は遭遇したことはないし、そういう話もあまり聞いたことはない。
同じサンビスタでした、というだけでもひと盛り上がりできる偶然だ。いつもと同じ気持ちで練習に行ったら別の場所で知り合ったサンビスタとは思っていなかった人がいれば、冷静そうなこの人でも多少は驚くのも無理はない。
「え、体験?」
アキちゃんが尋ねる。頭の回転は速いのだろう。私の辿ったルートと同じく、同じ地元の『Three ducks』の従業員なら、地縁の在るエスコーラを知っていても不思議ではなく、なんならお祭りなどのイベントの際は地域の店舗とは結びつきが強い場合もある。そこから入会者が現れることなど特段珍しいことではないのだろう。『ソルエス』の創設メンバーは全員商店街のメンバーだったらしいし。
「や、実は」
元々他エスコーラに所属していたことやいのりを通して紹介してもらったこと、既に入会済みであることを伝えた。
「経験者だったのか!」
むしろそちらの方が驚かれた。地元の人が地元のエスコーラに入るよりも、一般的な知り合いの中でサンバの経験者と遭遇する方が頻度は低いのかもしれない。
「私もびっくりしました! アキちゃ……」
ついお店での呼び方で呼ぼうとしてしまった。決していかがわしいお店ではないが、お客様に関する情報への配慮は徹底しなくてはならない。女性の接客を伴う飲食店の利用を、隠していたり、隠すほどでは無くても敢えて開示したくないと思う人はいても不思議ではない。
「ああ、ここでもアキでやってるから呼び方は別に何でも良いよ」
「すみません。アキちゃんもサンビスタだったんだ……もっとそういう話ができたら良かった」
お互いの個人的な会話はほとんどできていなかった。少しでも趣味の話になっていれば、転じていたかもしれない。