支出
「収入源定まってないのに一人暮らし始めてることにまずびっくりなんだけど」
私の話を聞き呆れたような声を出す要さん。
「誉の言う通り、早く探した方が良いのは間違いない。選択をミスるわけにいかないのもわかる。だからまずは選び方だよね」
やりたい仕事、よりは、やりたくない仕事を外していく方が良いのだそう。
同時に優先すべきは給与額。いくら必要なのかを算出するためには、まずは固定費を洗い出さなくては。
「それが、すごくラッキーで! 家賃はほとんどかかってないんです。なんと管理費込みで二万円ですよ!」
「えっ、下町だけど都内だし、最寄駅はターミナルって言えるくらい大きいとこだよね? どこにいくにしても結構便利だし、乗降客数かなり多いとこだから、人気高そうだけど」
駅からやたら離れてるの? と不思議そうな要さん。徒歩十五分は離れてると言って良いだろうか?
「駅近ではないけど、徒歩圏内だよね。相場より全然安くない?」
「はい! 多分半分以下です」
「間取りも別に悪くないし、広くはないけど一般的なワンルームだよねぇ。築年数は?」
「十年は経ってたと思いますよ」
「まあそんなに古いってほどじゃないよね。え、事故物件とかじゃないよね?」
「事故物件?」
「何か説明されなかった? 告知義務があるはずだから、何かあれば説明があると思う」
「ええと、あんまり覚えてないです」
「無い」、ではなく「覚えていない」と言うところに要さんは引っ掛かった。
「ちょっと! 契約ごとは充分注意するように言ったよね? ご両親は同行されてなかったの?」
「保証人にはなってもらいましたけど、十八ですし、ひとりでやりましたよー」
「まあ本人が気にしてないなら良いけどさ。事故物件でも大体相場より二、三割安くしてることが多いから、半額以下ってのは破格すぎる分気になるけどねぇ」
「えと、気にならないわけじゃ......」
「一応確認してみる? 環境とか物理的な瑕疵だったら生活になんか影響あるかもしれないし」
要さんは持ち前の面倒見の良さを発揮してくれた。管理会社の連絡先は部屋に戻らないとわからないが、不動産屋の担当の連絡先はスマホに登録されている。
要さんはその番号に電話を掛けてくれた。
要さんはなるべく対等な関係性を築こうとしてくれているのに、私は相も変わらず頼ってばかり、要さんの面倒見の良さに甘えてばかり。情けない気持ちになった。
一方で、相も変わらずの面倒見の良さを発揮してくれる馴染みの先輩の存在は、地元を離れ一人で暮らそうとしている身にはとても心強く、ありがたかった。
私にも昔、私を姉のように慕ってくれた、同じ志を抱いていた幼馴染がいた。
私自身の不甲斐なさによって、私はその世界から去ってしまった。
私は彼女の手を離してしまったのだろうか。
去り行く私を見つめる少女の悔しさと悲しさと怒りと後悔が混ざったような目が忘れられない。
痛みが未だに残る私は、意識して情報を遮断していたが、それでも風の噂は届いている。
彼女はまだ、その世界で戦っているらしい。