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不都合な名前  作者: 遠山枯野
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書けない名前

 秋雨の舞う夜更けのことだ。


 ミステリー研究会のメンバー7人は、八ヶ岳の麓、小さな沼地の畔にある大学所有の研修所で前夜から合宿していた。この3連休、宿泊しているのは、彼らのみだった。学園祭の出し物にするポスターを完成させることが目的の一つだった。非日常的な場所に身を置けば、新しいアイデアを思いつくことだろうと、3年生の部長、白井が企画したのだ。


 2年生の田口りえは隣の部屋に泊まっていた同学年の酒田を呼び出すために部屋をノックした。酒田が眠そうな目をこすりながら出てきた。

「ねぇ、酒田君。ちょっと前にさあ、大広間の方で悲鳴のような声が聞こえたの。気のせいかもしれないんだけどさ、私、怖くなって。」

「なんだよ、りえは臆病だな。それでどうした?」

「ちょっと、見てきてよ。」

「俺が? 仕方ないなぁ。わかったよ。」

 酒田が研修所の一回の廊下を西へ進んでいく。その突き当りにある大広間のドアがわずかに開いており、室内の灯が漏れているのが見えた。


 数分の後、酒田が走って戻ってきた。

「おい、大変だ!瀬川さんが倒れている!」

 ボリュームのある声が廊下に響き渡った。部屋から次々にメンバーが出てきた。部長の白井が酒田に訪ねた。

「何事だ?」

「瀬川さんが大広間で倒れているんです。息がありません。」

 2人は大広間へ向かった。他のメンバーもついてきた。白井が開いたドアの隙間から中を覗き、振り向いた。険しい表情で皆を見渡して言い放った。

「見たくないヤツは、見なくていい。」

 不安を感じながらも、好奇心を押さえられない面々は、白井に続いて部屋へ入った。



「きゃーっ! せ、瀬川先輩、なんでこんなことに・・・」

 息を呑むメンバーの後ろで悲鳴を上げたのは、3年の木村昭子だ。

 A1サイズのポスター3枚が夕食前に作業した状態のまま、床に広げられていた。その手前に金髪の男がうつ伏せになって倒れている。頭部から血の流れた跡がある。近くに転がっている陶器製の灰皿に血痕と思われる赤い液体が付着していた。これが凶器に使われたものと思われる。

 次に目に留まったのは、被害者の頭部側の白い床に殴り書きされたように描かれた文字だ。それは人の名前を色違いで示していた。


 白井(青)、林(赤)、酒田(黒)、木村(紫)、田口(緑)、てしがわら(黄)


 その周りには油性マーカーがいくつか散乱していた。最後に使ったと思われるマーカーが被害者の手の中にあた。状況からして、殺害された被害者が死に際に描いたダイニングメッセージと思われる。最後の力を振り絞って描いたのだろう、筆跡は木の枝を置いたように歪で、それぞれの文字の大きさもバラバラだ。


 白井が分厚い眼鏡をつまみながら、遺体に近づいた。

「ダメだ、息がない。頭部を殴られている。」

 2年生の林は小太りの体を震わせながら言った。

「え?なんっすか、これ。ダイイングメッセージっすよね。これ、おれたち全員の名前じゃないっすか・・・」

「そうだな、このままだと俺たち全員が犯人ってことになる。どうしたものだろう。」

「おれやってないっすよ。これおかしいっすよ。」

「少なくとも、俺たちが共謀してやった、なんて記憶はないよな。色違いにすることで犯人を示唆する暗号を瀬川さんが残したのかもしれない。あるいは、犯人が何かの目的で殺害後に細工をした可能性もある。さすがにこの歪な文字では筆跡鑑定はできそうにないだろうが、指紋が残っていれば手掛かりになる。警察に連絡しよう。」


 長髪の下の鋭い眼光で遺体を見つめていた副部長、3年生の勅使河原が話しに割って入った。

「ダメだ。犯人はこの中にいる可能性が高い。この建物にはID付き学生証がないと入れないからな。ミステリー研究会の人間が、自分の指紋をふき取るのを忘れるようなへまはしないだろう。このままだと、俺たち全員が容疑者にされることもありうる。

 俺たちには動機もある。瀬川さんは昔から女性関係で問題が多い。留年して5年になってからも、このサークルに居座って、雰囲気を乱す厄介な存在だ。皆、よく思っていないはずだ。

 一方で、おれたちはそれぞれ自分が犯人ではないという自覚がる。なぜ、全員の名前が書かれているのか、なんでわざわざ色分けしてあるのか。

 ダイイングメッセージとは犯人が見てもそれとは見破られないような、暗号の形で残すことが多い。本人が書いたのであれば、俺たちが解読することを望んでいるはずだ。俺たちでもう少し検証してみないか。」

 流暢に語り終わると、勅使河原は白川に目を向けた。白川は目を伏せて一瞬下を向いた後に、顔を上げて答えた。

「いいだろう。朝まで待とう。朝、俺たちが大広間に入ったときに発見したことにする。みんな、それでいいか?」

 勅使河原と林は白川の問いに頷いた。


 入り口付近で様子を眺めていた田口はめまいを感じて、座り込んだ。

「りえ、大丈夫か?しっかりしろ。」

 近くにいた酒田と木村昭子が田口の肩を抱いた。木村が白川の方を向いて言った。

「とりあえず、私たち食堂に行って、休むわね。」

 2人はりえを立ち上がらせて、ドアを出ようとしたが、勅使河原が呼び止めた。


「ちょっとまった。そのまえに抜き打ちテストだ。」


  皆が一斉に勅使河原の方を振り返った。彼は苦笑いして口を開いた。

「どうして、俺の名前だけが平仮名なんだろう? 書いたヤツが俺の苗字を漢字で書けなかった、って考えるのが自然だよな。瀬川さんなら俺の名前の漢字までは知らないかもな。でも、さっき白川が言ったように、瀬川を殺害した犯人がなんらかの細工をするために、このメッセージを残した可能性もある。ということで、俺が何をしたいのか、わかったよな。」

 勅使河原はテーブルの上にあったメモ帳をちぎってボールペンと一緒にその場にいる5人一人ずつに渡した。

「じゃ、俺の名前を漢字で書いてみてくれ。」

 白川、酒田、田口の3人は迷うことなくペンを動かし、メモ用紙を勅使河原に渡した。

「正解だ。二人はどうした?書けないのか?」

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